最上級客室の免責同意書
高級ホテル《玻璃宮》の苦情審査で、支配人の悠生は妻である総支配室員・燈子を睨みつけた。
「理央様の客室へ無断で入ったことを謝罪しろ。私とお客様が一緒にいたから浮気だと騒ぐなど、ホテルマンとして最低だ」
理央は最上級会員のカードを机へ置き、燈子の解雇まで要求した。
「支配人は夜通し、私の体調を気遣ってくださっただけ。奥様の嫉妬で名誉を傷つけられました」
悠生は昨夜、理央のスイートから朝帰りしながら、燈子へ離婚を告げた。制服の襟には理央と同じ香水が残っていたが、燈子が尋ねた途端、彼は妻の職員証を取り上げ、始末書へ署名するまで返さないと脅した。だが審査では、婚姻はすでに破綻していたと言い換えている。
「記録を出せば分かる。私が自分のマスターキーで入室したのは、業務上の救護だ」
自信満々に、悠生は入室履歴を大型画面へ表示した。
午前十時、入室。翌朝六時、退室。一度も救護要請はない。代わりに、深夜零時に《恋人記念日プラン》が注文され、シャンパン二脚と花びらを敷いた寝台が届けられていた。
「客の希望に従っただけだ」
「では、免責同意書も開きます」
燈子が言うと、悠生は止めるより先に本人認証を済ませていた。
画面へ、彼と理央の生体署名が現れる。
《利用者同士の関係:交際相手》
《既婚者である支配人との私的利用であり、会社業務ではない》
《配偶者および勤務先へ秘匿することを希望する》
宿泊中の事故をホテルの責任にしないため、二人が自分で記入したものだ。理央は料金を踏み倒すため、悠生は会社負担を避けるため、詳しい事情まで書いていた。
悠生が画面を消そうとすると、監査室の表示へ切り替わる。彼は以前、従業員の不正宿泊を防ぐため「管理職の操作も全て本部へ送信する」と規則化していた。
燈子は謝罪文ではなく、離婚届だけを机へ置いた。
本部監査役が銀色の封筒を開く。
「支配人・悠生および会員・理央に対する、雇用契約の即時解除ならびに全系列ホテル永久利用停止命令を読み上げます」