最後の一粒
清掃員の瑠衣は、昼食の最後に必ず米粒を一つ残してしまう。
意図しているわけではない。弁当箱の角に貼りつき、箸では取りにくい。食べ終えたと思って蓋を閉める前に、いつも白い一粒を見つける。
向かいで食べる先輩の邦江は、それを見て「今日もいるね」と笑う。
瑠衣は箸先を濡らし、一粒を取って食べる。その小さな手順までが昼休みになっていた。
ある日、邦江が退職すると聞いた。腰を痛め、月末で辞めるという。送別会は大げさだから要らないと断られた。
最後の勤務日、瑠衣は二人分の弁当を作った。炊き込みご飯、鶏の照り焼き、蕪の浅漬け。朝の台所に牛蒡と醤油の匂いが満ちた。
休憩室で包みを渡すと、邦江は「送別会じゃないよね」と念を押した。
「ただの昼です」
二人で食べた。邦江は掃除の仕事を始めた頃の話をし、瑠衣は何度聞いたか分からない失敗談にまた笑った。
食べ終え、瑠衣が箱を確かめると、今日は米粒が残っていなかった。
「いないね」と邦江が言う。
「今日に限って」
少し寂しくなったとき、邦江が自分の箱を見せた。角に一粒、炊き込みご飯が貼りついている。
「こっちへ引っ越したみたい」
邦江は箸先を濡らし、丁寧に取って食べた。
翌週、向かいの席は空いた。瑠衣は一人で弁当を開き、いつもの白飯を食べる。最後に箱の角を見ると、白い一粒があった。
箸で取る前に、少し眺めた。休憩室には炊飯器の残り香と、邦江が使っていた柑橘のハンドクリームの匂いが、まだ薄く残っている気がした。
退職からひと月後、邦江から蜜柑が届いた。箱を開けると、あのハンドクリームとよく似た匂いがした。瑠衣は一つを弁当に入れ、昼休みに皮をむく。房を食べ終えた箱の角には、今日も米粒が一つある。箸先を濡らしながら、向かいの空席へ「いるよ」と小さく報告した。
蜜柑の皮は捨てず、午後まで机の隅に置いた。通るたび柑橘の香りが立ち、洗剤ばかりの仕事場を少し明るくする。帰る頃には乾いていたが、指で折ると最後の匂いが弾けた。