最後の栞で燃えた図書塔を戻す
王立図書塔の最上階から火が出た。
炎は禁書庫へ入り、千年分の写本を呑み込んでいく。水魔法を使えば特殊紙が溶ける。司書たちは本を抱えて階段を走ったが、救えるのはほんの一部だった。
新人司書フロラは、塔の中央に置かれた総目録を見た。あの一冊には、全蔵書の題名と配置が記されている。だが火の粉がもう表紙へ落ちていた。
彼女は採用日に配られた《司書限定・初回十連》を開く。
紙紐、埃取り、補修糊など九品。最後に、先端の焦げた赤い栞が一枚。
《読書栞/説明:挟んだ本を、最後に開いていた頁へ戻します》
本一冊しか救えないなら、総目録を選ぶ。
フロラは燃え始めた目録を開き、赤い栞を中央へ差し込んだ。
頁が逆向きにめくれた。
一枚戻るごとに、床の灰から文字が浮かぶ。十枚戻ると焼け落ちた棚が立ち上がり、百枚戻ると炎が紙から離れて燭台へ戻る。千枚目で砕けた窓が元通りになり、最上階の火種が一本の蝋燭へ収まった。
塔全体が、閉館前の静けさへ戻った。
司書たちは腕の中の本を確かめる。焦げ跡も水濡れもない。失われたはずの写本は、すべて目録どおりの棚へ並んでいた。
館長がフロラへ問う。
「なぜ、もっと貴重な禁書ではなく目録を選べた?」
「一冊を選べなかったからです。ここにある本は、誰かにとって全部が一冊きりです」
館長は黙って自分の鍵束から、中央書庫の銀鍵を外した。
その鍵がフロラの掌へ置かれた瞬間、赤い栞の焦げが消える。
復元された貸出票には、火事の直前まで本を読んでいた人々の名も戻っていた。子どもの綴り帳、無名詩人の自費本、厨房係が借りた薬草図鑑。王家の禁書だけが知識ではない。フロラは返却台に積まれた一冊一冊を棚へ戻し、最後に総目録を閉じた。塔が救われた音は歓声ではなく、表紙の静かな音だった。
復元された蝋燭のそばには、倒れた燭台を支える金具の緩みも戻っていた。フロラは火事をなかったことにせず、その場で修繕票を書く。奇跡で戻せても、同じ失敗を繰り返さない仕事は人の手に残る。翌日から閉館後の点検欄が一つ増えた。
《唯一級〈終わらない栞〉/参照記録に含まれる全対象を、栞を挟んだ時点へ復元します》