月桂冠を渡す違約条項
王家の月宴で、グスタヴェル王子は愛人の肩を抱いたまま、クラウゼリア・フェンリッヒを指弾した。
「王妃用の月桂冠を盗み出したな。王位を欲する悪女との婚約を破棄する」
冠は確かにクラウゼリアの髪にあった。客席から非難が上がり、愛人は『返してください』と甘く笑う。
月桂冠は王妃の象徴である一方、破談になった花嫁が名誉を失わず暮らすための財産でもあった。過去に捨てられた女性が修道院へ追いやられた歴史から、第十七条が作られた。グスタヴェルは署名時、その条文を『使う日など来ない』と笑った。
今夜、彼は愛人を王妃席へ座らせ、クラウゼリアには柱際で待てと命じた。その直後に冠を盗んだと叫んだのだから、条項を忘れたのではない。発効させたうえで、賠償まで奪おうとしたのだ。
クラウゼリアは冠へ触れず、王子の腕だけを見た。
「婚約契約第十七条は、今夜発効しました」
「盗みの言い訳になるものか」
王室式部長ルドヴィクが、月桂冠貸与契約を綴じた婚約原本を開く。
第十七条――花婿が公の場で他の相手を伴侶として扱った場合、月桂冠は名誉損害の賠償として花嫁へ即時移転する。
条文の銀文字が光り、冠の内側にクラウゼリアの名が現れた。王子が愛人の肩を抱いた瞬間、盗品ではなく彼女の所有物になっていた。
王家の宝物庫へ戻すにも、今や彼女自身の同意が必要だった。奪う側だった王子が、契約の前では返却を願う側へ変わった。
冠を欲しがった罪ではなく、契約を守られた結果が彼女の頭上で輝いていた。
「冗談だった。彼女はただの友人だ!」
「では、友人を王妃席へ座らせたのも冗談ですか」
グスタヴェルは腕を離し、婚約を続けるから冠を返せと命じた。
クラウゼリアは冠を外さなかった。
「破棄は受諾します。違約金も、契約どおり受け取ります」
愛人でも王子でもなく、自分の未来へ向き直る。ルドヴィクが王妃席とは反対の扉で手を差し出した。クラウゼリアは月桂冠を自分の手で支え、その手を取った。