月蝕を撮った死人
皆既月蝕の夜、天文学者の星ノ浦遼が観測棟で死んでいた。発見は午前二時二十五分。頭を望遠鏡の重りで殴られている。だが十分前の二時十五分、遼の公式アカウントには赤い月の写真と「中心食、確認」という短い投稿が出ていた。
容疑者は撮影技師の弓削川慧、研究助手の鹿島野和、出版社編集者の杜若真紀。二時十五分、三人は観測棟から百メートル離れた公開観望会の中継に映っていた。弓削川は機材解説、鹿島野は来場者誘導、杜若は司会を担当し、数百人と複数の固定カメラの前を離れていない。投稿を遼自身が行ったなら全員にアリバイがある。
遼はその晩、弓削川の画像加工を公表すると言い、鹿島野の研究参加を取り消し、杜若には出版契約を破棄すると告げた。鹿島野と杜若は一時半から観望会場にいた。弓削川だけは撮影設定を終えるため一時五十分まで遼と観測棟に残った。
残された手掛かりは三つだけだった。第一に、カメラ内の画像番号は一時四十五分から二時二十分まで、三十秒間隔で一つも欠けず連続していた。第二に、遠隔シャッターは「間隔撮影」に固定され、人が触れなくても同じ構図を撮り続ける状態だった。第三に、二時十五分の投稿文は一時四十二分に予約欄へ保存され、操作した端末は弓削川の撮影用タブレットだった。
写真が本物でも、撮影者が生きている証明にはならない。月は予定どおり欠け、カメラは予定どおり切られ、投稿も予定どおり公開される。そこに遼の判断は一度も要らなかった。
「二時十五分に働いたのは、遼さんではなく予約機能です」私は連続する画像を送った。「弓削川さんは一時五十分までに遼さんを殺し、三十秒ごとの撮影と二時十五分の投稿を設定して観望会へ移った。連番、固定された遠隔シャッター、あなたの端末で保存された予約文がそれを示す。鹿島野さんと杜若さんは真の犯行時刻にも会場にいた。赤い月が証明したのは生存ではなく、機械が空を見続けたことだけです。完璧なアリバイは、天体の正確さを借りて作られていました」