木剣しか持たない教官
ブラム教官は、鋼の剣を持たなかった。
灰冠ギルドの訓練場で木剣を振り、足の置き方、息の吐き方、倒れた仲間の引きずり方を教えた。派手な技を禁じる彼は若者に不人気で、貢献度は三%だった。
新鋭剣士ジェナンは、公開演武で光る剣技を披露し、木剣の教えを古いと笑った。
「実戦に出ない老人が、実戦を語るな」
ギルド長は観客の拍手を選び、ブラムへ退任を命じた。彼は木剣を壁へ掛け、訓練場を去った。
その夜、地下飼育区から魔獣が逃げた。宴の最中で、装備を外していた冒険者たちは混乱した。ジェナンは華麗な踏み込みを見せたが、濡れた床で滑り、壁へ激突する。
逃げる新人たちの誰かが叫んだ。
「足を肩幅に。息を吐け。倒れた人から離れるな」
ブラムに叩き込まれた言葉だった。
新人たちは椅子を盾にし、互いの腰帯を結び、魔獣を厨房の狭い通路へ誘導した。誰も英雄の技を使わなかった。ただ、転ばず、逃げ遅れを置かず、扉を閉めた。
騒ぎを聞いて戻ったブラムは、最後の留め金を木剣で押し込んだ。彼は称賛を受けず、壁から自分の木剣を外そうとした。
ジェナンが腕を押さえながら言う。
「運が良かっただけだ。俺が本気なら――」
「本気を出す前に転ばないための稽古を、君は笑った」
訓練場の育成核が、新人たちの動きを照合した。救助の姿勢、盾の角度、退路の作り方。そのすべてがブラムの反復から生まれていた。過去の生還者たちにも同じ癖が刻まれている。
ギルド長は木剣を差し出した。
「教官へ戻ってほしい」
「同じ権限では、拍手の大きな者にまた教育を売られます」
訓練場の新人たちは、華やかな演武台ではなくブラムの後ろへ整列した。彼らが覚えていたのは勝ち方だけではない。怖い時の呼吸、仲間が倒れた時の手、逃げる時に背を向けすぎない足だった。
ブラムは試験から観客の拍手を外し、帰還、救助、判断を評価へ加えた。強い技を覚える前に、弱い時でも仲間を守れるかを見る。
「育てるのは勝者ではない。負けそうな時にも帰れる者だ」
木剣が床を打つと、訓練が静かに始まった。
《人材育成・真正査定》
旧評価 三% → 真値 九十四%
総合貢献順位 首位:ブラム
役職更新 教官 → 育成部門首席
新鋭剣士ジェナン → 基礎訓練生