本番で彼女を落とす

劇場の新人衣装係は、舞台袖で演出家と大道具係の会話を聞いた。

「本番で彼女を落とす」

「受け止めなくていいんですね」

「ああ。観客には事故に見えるくらい自然に」

「本人へは?」

「知らせるな。怖がって動きが固くなる」

新人は針山を握りしめた。

主演女優は昨日、演出家と口論していた。今夜の舞台には高い階段も奈落もある。

彼女は主演女優の楽屋へ駆け込んだ。

「今夜、落とされます」

女優は鏡越しに見る。

「評判を?」

「物理的に」

「誰が?」

「演出家」

「どこから?」

「舞台上です」

女優は立ち上がった。

「昨日、“この芝居から降りる”と言った仕返しね」

「降りる発言が落下計画へ育っています」

二人は共演者へ相談した。

「クッションを隠そう」

「奈落へ網を」

「警察を呼ぶ?」

女優が首を振る。

「証拠がない。まず本人に言わせる」

「どうやって?」

「わざと“高い所は平気”と挑発する」

「危険への参加意欲を見せないでください」

演出家へ尋ねる。

女優が言った。

「今夜、私に何か起きる?」

「大きな変化がある」

「落ちる?」

「見事に」

「助けは?」

「誰も手を出すなと伝えた」

新人が青ざめる。

「完全な自白です」

演出家は首をかしげた。

「何の話だ?」

開演直前、女優は安全帯を二本付け、衣装の下へ座布団まで入れた。

第二幕。舞台中央には、女優演じる侯爵夫人の巨大な肖像画が吊られている。

合図と同時に、絵が壁から落下した。床へ倒れた裏から、秘密の扉が現れる。観客は本当の事故だと思い、悲鳴を上げた後、仕掛けに気づいて拍手した。

演出家が満足そうに言う。

「彼女というのは、侯爵夫人の肖像だ」

大道具係もうなずく。

「人が受け止めると仕掛けが見えますから」

主演女優は座布団で膨らんだ腰を押さえた。

「本人へ知らせない、は?」

「肖像画役の君へ言えば、芝居で絵を見る時に身構えるだろう」

演出家は安全帯を見つけた。

「どうりで歩き方が固かった」

女優は座布団を一枚抜く。

「秘密にした理由だけは正しかったわ」

落ちたのは絵で、女優の威厳は少しだけだった。