来年のないベンチ
最後の大会が終わった夕方、三年のマネージャーはベンチを磨いていた。
私は一年の選手で、片づけを手伝うよう言われて残っていた。試合には出ていない。先輩もベンチには入ったが、コートには立っていない。
「もう十分きれいです」
「ここ、泥ついてる」
彼女は濡れた雑巾で、座面の端を何度もこすった。
負けた試合のあと、みんな泣いた。彼女だけは冷たいタオルを配り、忘れ物を確認し、帰りのバスの人数を数えた。今も泣いていない。
「先輩、来年も来ればいいのに」
「卒業するから」
「大学の帰りとか」
「来たら後輩がやりにくい」
私は何も言えなくなった。
彼女は三年間、同じベンチに座っていた。スコアをつけ、交代を伝え、選手が戻るたびタオルを渡した。なのに最後の日、自分の場所を自分で消しているように見えた。
「マネージャー、やめないでください」
思わず言った。
「選手に言われたの、初めて」
彼女は笑った。
「私、来年ベンチに入れるか分からないです」
「入れなくても部員だよ」
「先輩も」
「私は来年いない」
同じ答えだった。
彼女は保冷箱から、最後の冷たいタオルを取り出した。使われずに残った一本。
「これ、持って帰る?」
「選手用じゃ」
「来年の予約」
首へかけられると、夕方の風より冷たかった。
「ベンチに入れない日、これ使って。それでも試合は見てるから」
誰が、と聞こうとして、分かった。彼女がではない。今までベンチに座った人の時間が、という意味だった。
翌春、私はまたベンチ外だった。観客席で応援し、試合後に後輩へ水を配った。鞄には、先輩からもらったタオルが入っていた。
夏の大会で初めてベンチ入りした日、座面の端に小さな傷を見つけた。どれだけ磨いても消えなかった跡だ。
私は指でなぞり、冷たいタオルを膝に置いた。
来年のない先輩が残した場所は、誰かが座るたび、新しい時間になっていた。
試合後、私はそのタオルを新しいマネージャーへ渡した。先輩のことは説明せず、『ベンチ外の人にも一本残して』とだけ頼んだ。