校章パンケーキ事件
祝部一馬は、パンケーキへ校章を焼きつける係だった。
三年四組の喫茶店では、金属製の焼き印を熱し、焼き上がった表面へ押す。見本は完璧だった。丸い生地の中央に、学校の花形紋がくっきり浮かぶ。
本番一枚目。
一馬は緊張して、焼き印を逆さに押した。
「校章、上下あるの?」
「ある」
「食べれば同じ」
「写真撮る前に食べてもらおう」
二枚目は力が弱く、ただの薄い丸になった。三枚目は強すぎて焦げた。四枚目は押す場所を外し、端から半分だけ校章がはみ出した。
厨房長の三田村瑠莉が頭を抱えた。
「見本どおりにして」
「見本は昨日の奇跡」
「今日も起こして」
「奇跡は予約制じゃない」
客の注文は増え続ける。
一馬は必死に押した。斜め、欠け、二重、焦げ。まともな校章は一つもできない。
ところが、失敗作を見た小学生が言った。
「顔みたい」
端からはみ出した校章が、確かに笑った口に見えた。
瑠莉がチョコペンで目を二つ描く。
「校章くん」
「勝手に人格を与えるな」
「商品名、決定」
そこから厨房は変わった。
焦げたものには怒り顔、薄いものには眠そうな目、二重には眼鏡。客は「笑ってるのください」「強そうなの」と注文し始めた。
一馬は校章を正しく押すのを諦めた。
わざと端へずらし、角度を変え、焼き時間で表情を作る。瑠莉がチョコペンで仕上げる。二人の手が初めて同じ速さになった。
閉店直前、ようやく一枚だけ完璧な校章が焼けた。
中央、濃さ、向き。見本よりきれいだった。
「売る?」と一馬が訊く。
「顔がない」
「これが本来の商品」
「今さら普通」
「文化祭ってひどいな」
最後の客は来なかった。
二人は完璧な一枚を半分に切った。瑠莉が片側へ笑う目、一馬がもう片側へ困った目を描く。
「校章、切れてる」
「食べれば同じって言ったの誰」
「俺」
「責任取って食べて」
半分ずつ口へ入れる。
少し焦げた味がした。
クラスは模擬店賞を逃した。審査員からは「学校の象徴を自由に扱いすぎ」と講評された。
それでも翌年、後輩の喫茶店には校章へ顔を描いたパンケーキが並んだ。
一馬の失敗は、正しい形へ戻されないまま、学校の文化祭に一年だけ長く残った。