棄権票

【討論会・解散協議】

18:00 今給黎理央

議題:討論サークルを解散するか。賛成・反対・棄権で投票してください。

18:01 宝生灯

最後まで議題形式なんだ。

18:02 甫立海成

感情論を避けるためだろ。

三人は一か月、大学祭で扱った政治テーマをめぐって争っていた。外部から抗議が来て、大学は謝罪文を要求した。誰も内容には同意できず、誰もサークルを守るための別案を出せなかった。

18:05 理央

私は賛成。春から法科大学院。名前だけ残して責任者不在になる方が悪い。

18:06 灯

反対。私は国家公務員。制度の中に入るからこそ、学生の場くらい残してほしい。

18:07 海成

棄権。

18:07 灯

一番ずるい。

18:08 海成

家業を継ぐ。父から、今後政治活動に関わるなと言われた。票を入れた時点で、どちら側か説明を求められる。

理央は「それ自体が論点」と打ち、送信をやめた。海成は討論で負けたことがない。今日は、勝てない場所から降りようとしていた。

18:12 灯

三人とも別の未来に行くのに、ここだけ残す意味ある?

18:13 理央

それを反対票の人が聞く?

18:14 灯

残したいのは場所じゃなくて、反論できる相手かもしれない。

18:16 海成

社会に出れば、反論したら困る相手ばかりになる。

三人の画面に「入力中」が順番に現れ、消えた。

理央は解散に賛成しながら、共有フォルダの議事録を保存した。灯は存続に反対しながら、新入生向け説明資料を削除した。海成は棄権しながら、大学への謝罪文を一人で書き上げていた。

18:23 海成

謝罪文、送った。

18:24 理央

誰の承認で?

18:24 海成

代表として。

18:25 灯

代表は先月辞めたでしょ。

18:25 海成

だから、名前だけ使った。

理央は怒るべきだった。灯も止めるべきだった。けれど二人とも、海成が家族へ見せるための「関係を断った証拠」を作ったのだと分かった。

投票結果は、賛成一、反対一、棄権一。規約では可否同数の場合、代表が決定する。しかし代表欄は空白だった。

18:31 理央

決議不能。

18:32 灯

じゃあ解散できないね。

18:33 海成

大学が明日、登録を削除する。

18:34 理央

それは私たちの決定じゃない。

18:35 海成

それでいい。

〈甫立海成が退出しました〉

続いて灯も退出した。理央だけが残り、投票画面を閉じなかった。棄権票は灰色で、賛成にも反対にも数えられない。それでも最後まで、三人の未来の真ん中に一票分の空白を残していた。