段ボールに書けないもの

段ボールには、行き先を書くことになっていた。

篠宮佳奈の箱には〈福岡・会社寮〉。萩本征也の箱には〈秋田・実家〉。笹野遼太の箱だけ、太いマーカーで〈未定〉と書かれている。

「未定じゃ業者が困る」

佳奈が言う。

「業者使わないから」

遼太は笑った。

「荷物、駅のロッカー?」

「友達の車」

「その友達はどこへ運ぶの」

「決まったら連絡する」

三人が暮らした家の退去期限は明日だった。佳奈は食品メーカーへ就職し、征也は教員採用試験に落ちて実家の塾を手伝う。遼太は大学院に受かったと言っていた。

征也が箱へ本を詰めながら聞く。

「院の寮、いつ入れるの」

遼太の手が止まった。

「受かってない」

佳奈が顔を上げる。

「結果、先月出てたよね」

「落ちた。補欠も回らなかった」

遼太は一か月、合格したふりをしていた。二人が就職と帰省の話をすると、「研究室が忙しくなる」と返した。送別会では、教授にもらったという嘘のワインを開けた。

「なんで言わないの」

佳奈が尋ねる。

「二人とも行き先あるから」

「征也は落ちてる」

「実家がある」

征也はマーカーの蓋を閉めた。

「俺、それ言われるの嫌いだけど、今は否定できない」

遼太は卒業後、夜勤の倉庫で働きながら来年もう一度受験するという。住まいは、勤務先が決まるまでネットカフェ。その話をすると、〈未定〉の二文字が急に重く見えた。

「この家、あと一か月延ばせないかな」

佳奈が言う。

「会社の寮費と二重になる」

「私が出すとは言ってない」

「じゃあ言うなよ」

遼太の声は怒っていなかった。だから佳奈は余計に何も言えなかった。

片づけの最後に、三人の写真や旅行の切符、壊れたボードゲームを一つの箱へ入れた。

「これは誰が持つ?」

征也が聞く。

佳奈は福岡の寮に収納がない。征也は実家へ戻れば自分の部屋が弟の物になっている。遼太には住所がない。

箱には、誰も行き先を書けなかった。

翌朝、業者は佳奈と征也の荷物だけを運んだ。玄関に残った無記名の箱の上へ、遼太は部屋の鍵を置いた。〈未定〉と書いた自分の箱だけを抱え、住所のない未来へ先に出ていった。