水たまりの答案
返された答案を鞄へ入れる前に、突風が窓から吹き込んだ。
紙は廊下へ飛び、開いていた昇降口から外へ出た。追いかけたときには、水たまりの真ん中に落ちていた。
赤い三十八点が、雨でにじんでいく。
私は拾えなかった。
学年上位を外したことのない私が、初めて取った点数だった。家にも先生にも、ましてクラスメイトにも見せたくない。いっそ雨が数字を全部消してくれればいいと思った。
誰かが傘を差しかけた。
隣の列の、いつも追試を受けている彼だった。
「拾わないの?」
「もういらない」
「じゃあ俺がもらう」
「どうして」
「仲間が増えた記念」
彼は水たまりへ踏み込み、答案を拾った。自分のハンカチで泥を押さえる。
「見ないで」
「もう見えた」
「笑えば」
「三十八なら、俺の最高点と同じ」
冗談だと思ったが、顔は真剣だった。
私たちは昇降口の屋根の下へ戻った。彼は自分の答案を出した。赤い三十六点。端には先生の字で〈あと二問〉と書かれている。
「悔しい?」
「そりゃ。今回は勉強したし」
「どれくらい?」
「三日」
「三日」
「俺史上最長」
思わず笑うと、彼も笑った。
雨の匂いがする答案を二枚、ベンチに並べた。私の三十八点は半分消え、八だけが濃く残っていた。
「次、教えて」
彼が言った。
「私が?」
「一回転んだ人のほうが、転び方わかるだろ」
「その理屈、変」
「じゃあ俺が教える」
「何を」
「低い点の家への見せ方」
「役に立たない」
「すごく役立つ」
雨が弱まるまで、間違えた問題を見直した。彼は基礎を知らず、私は基礎を飛ばしすぎていた。説明しているうちに、自分がどこでわからなくなったのか初めて見えた。
翌週から、放課後に一緒に勉強した。
次のテストで私は八十二点、彼は五十一点だった。答案を見せ合い、昇降口で傘をぶつけるように掲げた。
三十八点の紙は乾くとしわだらけになった。
今も捨てていない。
雨に消えかけた数字が、私の成績ではなく、誰かに「わからない」と言えるようになった最初の日付に見えるからだ。