氷のない街の冷たい壺
炎都では、夏に乳菓子を売る者はいなかった。
冷却魔石は王侯だけが買え、庶民の祭では飲み物さえ生ぬるい。晴己は『氷なしで冷やす』と露店組合へ申し込んだが、詐欺師扱いされ保証金まで没収されかけた。成功条件は単純だった。朝の乳を、日暮れまで酸っぱくせず保つこと。
朝に作っても昼には酸っぱくなり、商人は三樽分を捨てていた。生駒晴己が王都から持ち込んだ乳クリームも、門番に鼻で笑われた。
「日暮れまで持ったら、祭の売店を貸してやる」
晴己は大きな素焼き壺の中へ、ひと回り小さな壺を入れた。釉薬を塗った高級壺ではなく、水が染みる安い素焼きを選ぶ。隙間の砂へ水を含ませ、濡れ布で口を覆う。風が通るたび外側の水分が消え、その分だけ内側から熱が奪われた。
見物人には、魔法陣も光も見えない。ただ壺の肌が乾いていく速さだけが、冷却の仕事を示していた。隙間に濡らした砂を詰め、全体を風通しのよい日陰へ置く。
使った知識は一つ。水が蒸発するとき周囲の熱を奪う。素焼きの細かな穴から水を逃がせば、氷がなくても中を冷やせる。
正午、外気は息を吸うだけで喉が焼けた。だが内側の壺へ手を入れた商人は、驚いて腕を引く。
「冷たい」
温度石を入れると、露店の棚より八目盛り低い。晴己は朝の乳クリームを匙ですくった。形を保ち、酸っぱい匂いはない。口へ入れれば、ひんやりした甘さが舌に残る。
比較のため棚へ置いた同じクリームは、すでに水が浮き始めていた。
晴己は濡れた砂へ水を一杯足す。それだけで、壺の表面からまた涼しい風が立った。魔石も氷室も使わない。
夕刻、祭の責任者が再び味見をする。朝に刻んだ線よりクリームの高さは減っておらず、水で薄めた形跡もない。外の壺は何度も乾いたが、砂へ足した水は桶半分。冷却魔石一個の千分の一の費用だった。
露店組合の会計役がその数字を聞き、没収するはずだった保証金を晴己へ返した。朝と同じ香りだった。
「一台で何杯入る」
「六十杯。壺は町の陶工が作れます」
責任者は空いている隅の売店ではなく、祭中央の一等地を指した。
「明日から三百杯。壺も二十組注文する」
炎都の祭札に、初めて『冷たい乳菓子』の文字が掲げられ、その下に晴己の店名が刻まれた。