沼王鰐の袋で川を飲み直す
川下の町で、子供たちが次々に倒れた。洗濯物は紫に染まり、家畜は水桶へ鼻を近づけるだけで逃げる。治療院に残る清水は、あと半日分しかなかった。
水は紫に濁り、井戸まで薬品臭い。上流の染色工房を持つ伯爵は、革職人エマルの工房が毒を流したと触れ回った。
「三日以内に川を戻せ。できなければ一族ごと追放だ」
エマルは弁明より先に、毒沼のボス《沼王鰐》を狩った。
彼女の《水害限定ドロップ》は、水を汚すボスから浄化用の限定品を確定させる。腹を裂いて得たのは、革袋のような《清流嚢》。流れを一度通すだけで、混じった異物を種類ごとに分けて閉じ込める。
町の橋には、伯爵と役人が待っていた。エマルの工房にはすでに封鎖札が貼られ、弟子たちは縄を掛けられている。失敗すれば、川だけでなく彼らの人生も戻らない。
「見世物で罪が消えると思うな」
エマルは清流嚢を広げ、橋脚から橋脚へ張った。巨大な薄膜が川幅いっぱいに伸びる。
紫の水が膜を通り抜ける。
向こう側へ出た水は、底石の模様まで見えるほど澄んでいた。魚が腹を上にして流れてきたかと思うと、清水へ入った途端に尾を振り、群れへ戻る。井戸へ続く地下水路からも臭いが消え、治療院の子供が最初の一杯を飲んだ。
一方、袋の内部では汚染物が層になった。
紫の染料。腐食剤。隠蔽用の香料。そして一番上に、製造者の魔力印がくっきり浮かぶ。
伯爵家の紋章だった。
「偽造だ!」
伯爵が膜を切ろうと剣を抜く。だが清流嚢は、汚染源だけを細い逆流にして吐き返した。紫の液体は川上へ走り、伯爵の染色工房に積まれた秘密槽を次々に満たす。隠し扉が圧力で開き、違法薬品の樽が役人の前へ転がった。
役人たちは、今度はエマルの工房ではなく伯爵家を封鎖する。
「革職人ごときが」と伯爵は呻いた。
エマルは澄んだ川で手を洗う。
「革は、何を染み込ませたか隠せません。川も同じです」
町人たちが橋の両岸から桶を下ろす。全員分の水が透明になったところで、清流嚢は小さな袋へ戻った。
その表面へ、乾いた金文字が現れる。
【沼王鰐限定SSR《清流嚢》――河川・地下水同時浄化、世界初完了】