海の穴に帆を当てる
帆縫いニーヴァは、難民船団の最後尾で破れた帆を直していた。
前を行く提督船には、竜鱗を織った不沈の大帆が張られている。だが提督は食料も護衛も自分の船へ集め、難民船には腐った綱しか渡さなかった。
「沈む船を直しても布の無駄だ」
そう笑われても、ニーヴァは一晩に十二枚の帆を縫った。
海で授かった技能は、穴を塞ぐだけの地味なものだった。
【固有スキル《当て布》:破れた箇所へ別の布を重ね、周囲へ縫いつけて穴を塞ぐ】
翌朝、海そのものが破れた。
船団の中央に黒い裂け目が走り、海水が滝となって下へ吸い込まれる。海底ではない。底の見えない虚無の穴だ。
提督は不沈船だけを加速させ、救難信号まで切って難民船を渦へ置き去りにした。
「竜鱗帆をよこしてください!」
ニーヴァが信号旗を上げても、返ったのは拒絶を示す黒旗だった。
裂け目は島ほどに広がる。
子どもを抱く母親、年寄りを乗せた小舟、彼女が直した十二枚の帆が、すべて穴へ傾いていく。
ニーヴァは自分の船の帆柱へ登った。
破れたのが布でなければ直せない、とは表示にない。必要なのは破れた箇所と、重ねられる布だけだ。
彼女は風へ針を通し、提督船の竜鱗帆を指した。
海の命を見捨てた時点で、あの帆に船を守る資格はない。
魔力の糸が水平線を走り、遠くの大帆を一息に切り取る。提督船は帆を失って停止した。
ニーヴァは竜鱗帆を黒い裂け目へ広げ、海面の四方へ縫いつけた。
虚無へ落ちていた海水が止まる。
巨大な当て布の上を波が越え、裂け目は青い海の下へ隠れた。吸い込まれかけた小舟も次々と浮力を取り戻す。難民船は次々と縫い目の上を渡り、安全な潮へ抜けていく。
一方、不沈を誇った提督船は風を受けられず、監察船に追いつかれた。積荷から見つかったのは、難民用の食料を売り払った帳簿だった。
ニーヴァの粗末な帆だけが朝風をはらむ。
救われた船々が、その後ろへ一列に並んだ。
【職業《船団帆縫い》が上位職《海界補綴師》へ書き換わりました】