海沿いの最終便

 島行きの最終便まで、あと十一分だった。

 茉莉は桟橋で、秀也の段ボールを台車に載せた。中には包丁とレシピ帳と、二人で選んだ古いコーヒーミルが入っている。

 秀也は明日から、島にある祖父の食堂を継ぐ。茉莉は本土で、亡き叔母の小さな菓子店を改装中だった。どちらの店も、代わりに任せられる人はいない。

「走れば間に合う」

 茉莉が乗船口を指す。

「まだ十分ある」

「荷物検査もあるから」

「茉莉、さっきから間に合うしか言わないな」

 二人は調理学校で知り合い、卒業後も新作を試食させ合う友達だった。閉店後の厨房で、失敗したケーキを半分にする夜が好きだった。

 好きだと言えなかった理由は、距離よりも、その先にある質問だった。

 どちらが店を捨てるのか。

 答えを持たないまま気持ちを伝えるのは、相手にだけ選ばせることに思えた。

「島まで一時間だよ」

「海が荒れたら欠航する」

「電話はつながる」

「仕込み中は出られない」

「来ようと思えば来られる」

「そういう根性論、嫌い」

 乗船を促す放送が流れた。係員がロープを外す準備を始める。

「じゃあ、茉莉はどうしたい?」

「お店を開けたい」

「俺も」

「なら決まり」

「店の話じゃない」

 潮風で、茉莉の髪が口元へ張りついた。秀也が手を伸ばしかけ、途中で下ろす。

「言ったら、どっちかが困る」

「もう困ってる」

「私、島へは行けない」

「俺も本土には残れない」

「だから友達のままが一番、長く続く」

「長く続いて、何も言わないまま終わるのが正解?」

 出航まで五分。

 茉莉はチケット売り場の電光表示を見た。次の便は明朝六時。今夜を逃せば、秀也は開店準備に間に合わない。

「間に合うよ」

 いつもの言葉を口にしてから、茉莉は首を振った。

「違う。勝手に間に合うんじゃなくて、私が間に合わせたい。店も、私たちも」

 秀也は答えを急がず、台車を受け取った。

 茉莉は彼を乗船口まで押し出すと、窓口へ戻った。明日の切符ではなく、次の定休日に合わせた往復券を買う。

 船が岸を離れる前に、予約画面を秀也へ送った。

 甲板の彼がスマートフォンを掲げる。茉莉は手を振る代わりに、自分の店の定休日を一日、島行きの予定で埋めた。