海面下の合鍵
暴風圏に入った孤島灯台で、非常無線庫の鍵が休憩室から消えた。灯台守の嵐田は鍵を海図台へ置き、三人の滞在者に無線部品の盗難を問いただしていた。落雷で灯火が消え、手探りの十五秒が過ぎると鍵はなくなっていた。外扉は風圧で閉鎖され、窓も鎧戸を下ろしている。
容疑者は漁師の網代、気象観測員の狼谷、写真家の嘉手納。三人とも盗難部品に関わる理由がある。防寒着、寝袋、棚を調べても鍵はない。網代の釣り道具だけは、濡れたまま室内の壁へ立て掛けられていた。
非常無線が使えなければ、次の補給船へ遭難信号を送れない。狼谷は観測機器を、嘉手納は撮影箱を自分から開けた。網代だけは釣り具を濡らすなと言って壁際へ寄せたが、すでに室内は海水と雨の匂いで満ち、匂いでは区別できない。そこで私は糸が記録する長さと濡れ方を比べた。
手掛かりは三つだけだった。第一に、海図台の下の排水溝縁へ、黄銅色の新しい擦り傷が付いていた。第二に、網代の電動リールは釣りをしていないのに十八メートル分の糸を繰り出した表示で止まり、先端の仕掛けがなかった。第三に、リールの巻糸だけが内側まで海水で濡れ、ほかの二人の道具には新しい塩水が付いていなかった。
狼谷が排水溝の蓋を開けると、細い糸が暗い縦穴へ伸びていた。その穴は雨水を崖下へ逃がし、直径は人の腕ほどもない。鍵を結んだ糸なら海面近くまで垂らせる。
私はリールを巻いた。十八メートル下から鍵が上がってきた。「網代さんは暗闇で鍵輪へ糸を掛け、排水溝から海へ落とした。縁の擦り傷が通過を、繰出量が隠し場所の深さを、濡れた巻糸が海中へ下ろした事実を示す。身体検査で見つからないのは、鍵が灯台の外壁の下に吊られていたからです。密室から出たのは人ではなく、一本の糸だけでした」網代さんは鍵を捨てたのではなく、回収可能な場所へ預けたのです。糸を切らずリールへつないだままなのが、その目的を示す。嵐の密室では崖下の海までが、釣り人だけに使える巨大な隠し棚になりました。