消えた一皿
料理番組の編集室で、有働宗一郎は深夜の試写に立ち会っていた。依頼は、看板料理の試食場面を二分に縮め、翌朝の放送へ回すことだった。
料理人が一口食べ、「この香りは山椒ですね」と言う。次の瞬間、空になったはずの皿に料理が戻っている。追加撮影した説明部分を途中へ入れたため、時間が逆流して見えた。
試食は一度きりで、同じ量を食べ直す撮影はできない。助手は空の皿を静止させて長く見せる案を出したが、料理人の箸だけが止まり、声と身体の動きが合わなくなる。宗一郎は皿を作り替えるのではなく、視聴者の視線を自然に別の場所へ運ぶ必要があると考えた。
ディレクターは「皿のところだけ拡大して隠そう」と言った。しかし料理人の手元を切れば、山椒を指で砕く大事な動きも消える。宗一郎は二つの撮影の間に置けるものを探した。
鍋から湯気が上がるインサートがあった。だが真上からの映像は、最初の撮影と湯気の流れる向きが逆だった。使えば皿は隠せても、換気扇が突然反対側へ移ったように見える。宗一郎は横から撮った短い鍋の映像を選んだ。
料理人の「山椒ですね」という声を鍋の映像まで続ける音つなぎを行い、皿が空になる直前で鍋へ移る。次の説明の声を少し先に聞かせてから、料理が残っている別角度へ戻した。目立っていたジャンプカットは、香りについて考える間に変わった。
「食べたものが戻ったのに、分からなくなるものですね」
若い助手が感心した。
「戻していない。皿を見ない時間を、料理の話で埋めただけだ」
宗一郎は音を消してもう一度見た。無音でも手の位置が飛んで見えないことを確かめる。音だけでごまかせば、字幕版では破綻するからだ。
試写では、料理人が鍋の湯気を見つめたあと、もう一口食べたように自然につながった。ディレクターは腹を鳴らしながら承認した。
午前二時、完成データが放送局へ送られる。宗一郎の机には、次回のデザート特集が置かれた。最初の映像で、切ったはずのケーキがすでに丸く戻っていた。