消えた告白文
文化祭当日の朝、二年一組の黒板に告白が書かれていた。
羽鳥咲良へ。ずっと好きでした。
名前はない。
教室へ入った生徒たちはすぐ騒ぎ始め、写真を撮り、犯人捜しを始めた。咲良は笑ってごまかしながら、胸の奥だけが落ち着かなかった。
字に見覚えがあった。
桐谷央士の字に似ていた。数学のノートで何度も見た、少し右へ傾く「好」の字。
けれど央士は教室の隅で段ボールを運び、黒板を一度も見なかった。
咲良が受付当番から戻ると、告白文は消えていた。
誰かが濡れ雑巾で丁寧に拭き、黒板には白い跡だけが残っている。
「えー、消したの誰」
「告白した本人じゃない?」
「恥ずかしくなったとか」
騒ぎは別の企画へ移り、昼には誰も話題にしなくなった。
閉場後、咲良は一人で黒板の飾りを外した。椅子に乗り、紙花のテープを剥がしていると、下から手が伸びてきた。
「危ない」
央士が椅子を押さえる。
彼の制服の袖に、白いチョークの粉がついていた。
「桐谷、朝から黒板使った?」
「使ってない」
「じゃあ、それ何」
央士は袖を見て、諦めたように息を吐いた。
「書いたの、俺」
「消したのも?」
「俺」
「なんで」
「みんなの前で返事させるみたいになったから」
咲良は椅子から下りた。
「写真、撮られてたよ」
「最悪」
「私は撮ってない」
「よかった」
「覚えたから」
央士が顔を上げる。
夕方の教室には、文化祭の飾りの跡が残っている。机は寄せられ、黒板はいつもより広く見えた。
「もう一回書いて」
「今?」
「今度は名前も」
央士はチョークを持ったが、黒板の前で止まった。
「やっぱり、書くのはやめる」
咲良の胸が沈む。
彼は振り返り、チョークを置いた。
「二人しかいないなら、言えばいいから」
黒板には何も残らなかった。
文化祭の写真にも、告白文は写っていない。
けれど咲良は、消された白い跡の前で聞いた言葉だけを、卒業してからも一字も忘れなかった。