消しゴムで消えない頁
那由は古い進学案内を開き、紙の一部だけが毛羽立っているのを見つけた。海外の大学へ給付金付きで進める制度の頁。高校時代、杜和から借りた本だった。
二人は中学からいつも一緒で、周囲から「双子みたい」と言われた。那由は英語が好きで、外国の大学へ行きたいと話していた。杜和は笑って応援し、兄が使った進学案内を貸してくれた。
ところが、応募締切の数字だけが薄く消されていた。那由は翌年だと思い込み、担任に相談したときには受付が終わっていた。家に余裕はなく、自費留学は諦めた。
卒業式のあと、教室で本を返そうとすると、杜和は受け取らなかった。
「古いから捨てていいよ」
そのとき、彼女の筆箱から同じ色の消しゴムの屑が落ちた。那由は問い詰めた。杜和は長い沈黙のあと、締切を消したと認めた。
「那由までいなくなったら、一人になると思った」
「だから私の行き先を消したの?」
「来年またあると思った。こんなに決まるなんて……」
泣く杜和を前に、那由はなぜか彼女を慰めた。大丈夫、別の道もあると言った。本当は大丈夫ではなかった。怒れば二人の思い出全部が壊れる気がして、案内を持ったまま卒業した。
十一年後、那由は会社の海外研修へ応募するか迷っていた。条件は厳しく、戻ったあとの役職も保証されない。案内を処分しようとして、消された頁を見つけた。
鉛筆の数字は消えても、紙のへこみは残っていた。杜和への怒りも同じだった。理解したふりをして押し込めたため、自分で選ぶ場面になるたび「誰かを置いていく」と感じてしまう。
那由は本を杜和へ送った。
〈あなたが寂しかったことは分かる。でも、したことを許したとは言えません。この本を返して、私の行き先を私に戻します〉
返事を待たず、海外研修の応募ボタンを押した。画面には締切の日付がはっきり表示されていた。那由は二度読み、自分の手帳にも書いた。
消えない跡は残る。それでも、その頁の次をめくる指まで、過去の誰かに預ける必要はなかった。