港で黒い封印を切る
潮風の中、黒い封印がコンテナの扉で揺れていた。
「抜き打ちは困ります。信用問題になりますよ」
通関部長の安西が、前回と同じ台詞を宮坂岳人へ投げる。
輸入雑貨会社《セイル商会》の社長だった岳人は、一度その言葉に屈した。検品を省略して港から出したコンテナには、申告外の高級時計が大量に隠されていた。密輸の主体と認定された会社は許可を取り消され、全貨物を差し押さえられた。安西は「社長の指示だった」と証言し、競合へ移った。銀行口座は凍り、三日で破綻した。
税関の聴取室で目を閉じたはずの岳人は、搬出印を押す五分前へ戻っていた。
倉庫では、正規輸入した食器や玩具を待つ取引先の札が並んでいる。一つの不正を見逃せば、潔白な十九本まで疑われる。前回失ったのは貨物だけでなく、長年積み上げた「任せられる会社」という名前だった。
安西が封印へ手をかける。
「予定どおり出しましょう。中身は書類どおりです」
岳人は搬出印をポケットへ戻した。
「なら、開けても問題ない」
「顧客が急いでいます」
「会社を潰すほど急ぐ顧客とは取引しない」
税関職員立会いのもと、黒い封印を切る。表側には申告済みの家具。だが奥の壁を叩くと、鈍い空洞音が返った。板を外すと、無申告の時計と偽造インボイスが詰まっている。
安西が後ずさる。
岳人は彼のタブレットを指した。搬入写真の時刻が改ざんされ、送信先には競合会社の役員名がある。
「社長も知っていたことにすれば、保険で――」
「前はそうされた。今回は、ここで終わりだ」
不正貨物だけを隔離し、残る十九本のコンテナも自主点検へ回す。取引先には遅延と理由を先に通知した。
午後二時。前の人生なら通関許可取消の速報が届く時刻だった。
岳人の端末に税関から文書が届く。
『自主申告および未搬出での発見を確認。適正貨物の通関を再開する』
クレーンが動き、潔白なコンテナが一つ、倉庫側へ運ばれていく。
港湾主任が黒い封印の残骸を拾い、岳人へ尋ねた。
「社長、次の十九本も全部開けますか」
「全部だ。急ぐより、正しく着けよう」
海の向こうで、出港を知らせる汽笛が鳴った。