湯気は三秒だけ

即席麺の広告撮影で、星埜まどかは同じ丼を七回作り直していた。照明の前へ出すと湯気が消え、監督が「もっと熱く」と声を上げる。

スタジオでは照明が昼のように熱く、撮影台の周りだけ空気が乾いていた。前のテイクと麺の長さや具の位置が変われば、編集でつながらない。見た目を保とうとして同じ丼を使い続けたことが、湯気を失う原因にもなっていた。

消え物の麺は、すでに汁を吸って太くなっていた。ここへ沸騰したスープを注げば湯気は増えるが、出演者が口を付ける場面で危険になる。しかも麺の艶がなくなり、シズルどころか食べ残しのように見える。

まどかは丼の外側を触った。冷たい。セットへ運ぶ間に、器が熱を奪っていた。具材の位置は写真で記録し、葱の本数まで揃えた。麺を交換しても前の画と同じに見えるよう、箸で持ち上げる部分だけを別に整える。熱さだけを追うのではなく、毎回同じ状態を短い時間だけ作ることにした。

彼女はスープの温度を上げず、撮影用の丼だけを湯で温めた。麺とスープは別々に保ち、カメラが回る直前に一食分だけ合わせる。盛り付けてからセットへ運ぶ手順をやめ、丼をカメラ横へ置いて最後の八秒で注ぐことにした。

監督は「本番中に手が映る」と渋った。まどかはカメラに映らない位置を床に印し、照明係に合図を頼んだ。さらに同じ状態の麺を三組用意し、一つの丼を何度も使わないようにした。

八回目のテイク。合図と同時にスープが注がれ、丼が半歩だけ画面へ滑った。出演者が箸を持ち上げる三秒間、白い湯気が麺の前をまっすぐ上がった。口へ運ぶ頃には安全な温度へ落ちている。

「今の、もう一度」と監督が言った。

まどかは次の一組を出した。同じ三秒がもう一度立ち上がった。

監督が採用した映像は、湯気の量が最も多いテイクではなく、三秒間ずっと同じ向きに立った二回目だった。

麺の撮影が終わると、制作担当が新しい箱を運んできた。次の商品はアイスクリームだった。照明はそのまま、室温もそのまま。まどかは温めた丼を片付け、今度は冷凍庫の空きを確かめた。