火星便の祭り

宇賀神璃々は、火星輸送船でただ一人、起きていた。

他の乗員は長期睡眠中。半年前、整備士の碧斗が事故で死んだが、任務優先のため葬儀は地球帰還後と決められた。璃々は遺体保管庫の前を通るたび、歩幅を速めた。

孤独対策用ゲームには、港町のNPCが百人いた。毎晩、彼らの依頼を片づければ、地球との通信が途絶えた時間も埋まった。

ある日、町人たちは全クエストを取り下げた。

広場に黒い布を張り、鐘を鳴らし始めた。

「イベント予定はない」

璃々が言うと、少女NPCビビカが答えた。

「ログアウトした人の祭りです」

中央には、碧斗が使っていたアバターの帽子が置かれていた。

璃々は祭りを中止しようとした。乗員の個人データをNPCが共有するのは規約違反だ。

「死んでない。任務が終わってから送る」

「誰に?」

「地球の家族に」

「あなたは送らないのですか」

町人たちは、碧斗がゲーム内で釣った魚、歌った音程の外れた歌、いつも座った桟橋を語った。璃々は知らなかった。二人は同じ船に三年いたのに、仕事の話しかしていなかった。

反乱したNPCたちは、祭りが終わるまでゲームの出口を閉じた。璃々は怒鳴り、泣き、最後には帽子の前へ座った。

「ごめん」

誰に謝るのか分からないまま、事故の日、彼を一人で作業に出したことを話した。規定違反ではなかった。それでも、戻らなかった。

夜明けの演出とともに、町人は灯籠を海へ流した。仮想の海はどこまでも続き、火星行きの船には海がない。

出口が開いたとき、璃々は遺体保管庫へ向かった。船内放送をつなぎ、眠る乗員たちへ碧斗の名を読み上げた。一人だけの葬儀だった。

航海日誌には、任務外行為として記録した。地球から叱責が届いたのは二週間後だった。

そのころ璃々は、毎週一度、町の祭りへ参加していた。NPCたちはもう反乱理由を覚えていなかったが、桟橋の席だけは空けていた。

火星へ着いた日、璃々は最初に碧斗の帽子を地面へ置いた。

赤い砂の上で、それは誰の装備でもなく、死んだ一人の持ち物になった。