灰色のカセットを売らない

十二歳の結月は、商店街の中古ゲーム店の前に立っていた。

手には父の遺した灰色のカセット。従兄の幹也が値札を見せ、前の人生と同じ調子で笑う。

「こんな古いゲーム、売ればケーキが買えるよ」

母の誕生日だった。

前の結月は迷って売った。幹也は翌日そのカセットを買い戻し、中に眠っていた未発表ゲームを自作としてコンテストへ出した。作品は世界的なヒットとなり、父の名前は消えた。幹也は授賞式で「子供の頃から一人で作った」と語り、結月が持っていた父の落書き帳まで偽物扱いした。結月が抗議しても、所有権も制作記録も幹也の手にあった。

灰色の表面には、父が油性ペンで書いた小さな星がある。

結月は店の扉から離れた。

「売らない。ケーキは小さくていい」

幹也の声が低くなる。

「おばさんを喜ばせたくないの?」

「父さんの物を盗ませるほうが、悲しむ」

「盗むって何だよ」

結月は家へ走り、父の古いゲーム機へカセットを差した。普通に起動すれば未完成の画面で止まる。未来で幹也のインタビューを何度も読み、隠しコマンドを覚えていた。

星、右、左、星、決定。

画面の奥から開発者用メニューが開く。

《PROJECT YUZU》

《権利継承者の音声を入力してください》

結月は自分の名を言った。

父の声がスピーカーから流れる。

『結月へ。これを見つけたなら、完成させるか、しまっておくか、君が選んでいい』

背後で幹也がカセットへ手を伸ばす。結月は録画中の端末を机に置き、権利登録の項目を押した。

父が生前に取得した電子署名と、今日の結月の音声が一つにつながる。

プリンターが動き、登録証が吐き出された。

前の人生では同じ時刻、店から《買取成立》の通知が来た。

今回は画面に別の文字が現れる。

《著作者・故人の記録を確認》

《継承者 結月》

幹也は初めて「貸して」ではなく、「消してくれ」と言った。

結月は首を振り、母のために冷蔵庫から卵を出す。

父のゲームも、母の誕生日も、今度はどちらも手放さない。