炊き出し倉庫の三日
台風で川があふれ、町の公民館は避難所になった。
調理を任された女性は、百人分の食事を一人で作ろうとした。
人に頼むより自分でやる方が早い。それが口癖だった。
夫を亡くしてからも、助けを断り続けてきた。
食料倉庫の扉を閉めると、外の一分が、中では一時間になった。
外では避難者が増え、夕食まで一時間しかない。
倉庫の中には六十時間、二日半があった。
女性は米、缶詰、乾物を並べ、献立を決めた。
だが食材を運ぶだけで一人の腰は限界になった。
扉が開き、近所の高校生が入ってきた。
「手伝います」
「外で待ってなさい」
「外では一分しか進みません」
言い返され、女性は仕方なく米を任せた。
次に、いつも口うるさい隣人が入った。
包丁を握ると意外に速かった。
避難してきた外国人の家族は、豆の煮方を教えた。
小学生は紙皿へ笑った顔を描いた。
倉庫の中で一日が過ぎる頃には、台所より大きな家族のようになっていた。
二日目、女性は疲れて座り込んだ。
高校生が黙ってお茶を出した。
夫が亡くなったとき、同じ高校生の母親が何度も料理を届けてくれたことを思い出した。
女性は毎回「もう大丈夫」と返し、一度も家へ上げなかった。
「頼ると、返さなくちゃいけないでしょう」
女性が言うと、隣人が笑った。
「返すから町になるんでしょう」
三日目の終わり、百人分の炊き込みご飯と汁物ができた。
扉を開けると、外では七十二分が過ぎていた。
食事は冷めておらず、避難者たちは驚いた。
配膳の途中、女性は初めて「手が足りません」と大声で言った。
すぐに十人が立ち上がった。
皿を運ぶ人、子どもへ配る人、床を拭く人。
頼み事は、口にした瞬間、借りではなく仕事になった。
台風が去ったあと、公民館の倉庫は普通の時間へ戻った。
女性は余った缶詰を皆で数え、次の備蓄表を作った。
一人でやれば半日で終わる作業に、一日かかった。
途中でお茶を飲み、夫の話をし、隣人の昔話まで聞いたからだ。
女性は遅いとは言わなかった。
誰かと過ごす時間は、早く終えるためだけにあるのではないと、三日間の台所で知った。