焦げたボタン
証拠袋の中で、黒いプラスチックボタンが転がった。
城戸口泰臣火災捜査官は、採取時の記憶と違うと思った。福祉施設の放火現場、施錠された記録室から拾ったのは、銀色の金属製スナップだった。消防の耐火服に使われるものだ。
「思い違いだ」
合同捜査会議で矢作照久警視が言った。
「現物はこれだ。施設職員の制服と一致した。管理人の失火隠しで筋は通る」
「このボタンは、火元の温度にさらされていません」
「溶け残っただけだ」
泰臣はピンセットで裏面を示した。表面は煤で黒いが、縁に熱変形がなく、糸穴には新しい化学繊維が残っている。火災後に煤を付けたものだった。
現場写真を拡大すると、番号札の横に銀色の円が写っている。裏には消防装備メーカーの刻印。火災発生時、記録室へ入れる鍵を持っていた消防隊員は一人だけだった。比良坂壮消防司令補。消防局長の息子で、第一発見者でもある。
矢作は資料を閉じた。
「比良坂は救助活動で三人を助けた。記録室へ入ったのは消火後だ」
「ボタンは焼け落ちた梁の下から出ました。消火後には入れません」
「施設職員には過失がある。防火扉を点検していなかった」
「過失と放火は別です」
会議室の外には警察と消防の幹部が並び、共同会見を待っていた。泰臣がすり替えを報告すれば、消防局だけでなく、現場保存を担当した警察も疑われる。合同捜査の看板は崩れ、救助の英雄は容疑者へ戻る。
「正義感で、亡くなった人をもう一度利用するな」
矢作の言葉に、泰臣は火元の写真を見た。利用しているのは、死者の数で不正を封じようとする側だ。
証拠袋の封印には、一度剥がして温め直した白濁があった。保管庫の出入記録は、消防局との協議が行われた夜だけ空白になっている。
泰臣は会見資料から『施設制服のボタン』を外し、代わりに採取写真、刻印の拡大、熱変形比較、封印の白濁を一枚へまとめた。外部材料試験所への緊急鑑定依頼書も作る。
矢作が「出すな」と言った。
泰臣は焦げていないボタンを会議机の中央へ置き、依頼書の送信欄を押した。