煙を読む小鬼
小鬼のジグロは、人間の石工組合で十二年働いた。
煙突を積めば誰より真っ直ぐだったが、完成札に彼の名が書かれたことは一度もない。最後には工賃も払われず、辺境の荒れ地へ追い払われた。
そこにあった共同パン窯は、煙突こそ高いのに火が育たなかった。煙が細く、薪が燻る。ジグロは一目で、根元の空気口が土に埋まっていると分かった。
初日の仕事は、空気口を一本掘り直すことだけにした。
窯の下へ腹ばいになり、細い鏨で固まった泥を削る。石屑が鼻へ入り、何度もくしゃみが出た。通りかかった人間の粉屋テッサが、離れた場所から声をかける。
「壊してるんじゃないでしょうね」
「壊れてるものは、息をしてない」
ジグロは答え、腕が肩まで入る穴を少しずつ通した。最後の土塊が抜けた瞬間、向こう側の光が針のように見えた。
試しに藁へ火をつける。空気口から風が吸い込まれ、ごう、と窯の奥で炎が立ち上がった。煙突から真っ直ぐ白煙が昇る。
テッサが近寄り、初めて感心した顔をした。
「窯が唸った」
「腹が減ってる音だ」
粉屋の袋からこぼれた小麦粉を集め、水と塩でこねる。形の悪い小さな生地を窯へ入れると、火は燻らず、赤く澄んで燃えた。生地の底が焼ける香りがして、皮がぱり、と裂ける。
取り出したパンを二つに割る。湯気がジグロの煤だらけの顔を白く曇らせた。テッサは片方を受け取り、ひと口食べてから言った。
「明日、粉を一袋持ってくる。工賃として」
テッサは共同窯の脇に転がっていた古い完成札を拾った。表には、もういない人間の石工の名が彫られている。
彼女は裏返し、粉袋を縛っていた炭棒で書いた。
空気口修理 ジグロ。
「字は消えるぞ」
「消えたら、また書く。粉屋には炭も粉もある」
彼はパンをもう一口かじった。焼けた音、粉の甘さ、真っ直ぐ昇る煙。十二年間、どの完成札にも載らなかった名前が、今は窯の横で白煙を見上げていた。
しかも明日は、施しではなく工賃として粉一袋が届く。
ジグロは空気口へ手をかざした。吸い込まれる風が煤をさらい、胸につかえていた十二年分の煙まで、ようやく外へ運んでいった。