片腕鍛冶師の糸車

ベルタは戦場で左腕を失い、鍛冶師としても用済みだと辺境へ送られた。

土地の中央には深い湖があった。魚は見えるほどいるのに、片手で竿を持ち、同時に糸を手繰るのは難しい。

初日の朝、ベルタは納屋の錆びた歯車を机へ並べた。

小屋も炉も直すべき場所だらけだったが、今日作るのは片手で扱える釣り用の糸車一つだけ。古い扉の蝶番を軸にし、木の円盤へ取っ手を付け、竿の根元へ革帯で固定する。

王都の親方は、片腕では槌も満足に振れないと言った。ベルタは膝と右手で部品を押さえ、短い槌を振るう。一度、釘が曲がった。二度目は軸がずれた。三度目に円盤が軽く回った。

完成した糸車を見ても、拍手する職人はいない。ベルタは自分で取っ手を一度回し、その滑らかさに頷いた。王都では王家の剣に銘を刻むことだけが一流の仕事とされた。だが今、名もない道具が、自分の腹を満たす未来へつながっている。

湖岸で仕掛けを投げる。右手で竿を握ったまま、親指で留め金を外せば糸が伸びる。巻くときは竿尻を脇へ挟み、同じ手で取っ手を回せる。

浮きが沈んだ。

強い引きが来ても、糸車が少しずつ糸を出して衝撃を逃がす。ベルタは歯を食いしばり、取っ手を回した。水面へ現れたのは、鋭い口を持つ大きな川魳だった。

「両腕分、暴れるじゃないか」

片手で網へ入れた瞬間、笑い声が湖へ響いた。失った腕の幻痛が、そのときだけ不思議に遠のいた。できない動作を数えるより、できる仕組みを一つ作ればよかったのだ。

夕方、切り身を厚く切り、鉄鍋で焼く。油がぱちぱち跳ね、皮は銅板のような色になった。根菜の汁物からは湯気が立ち、木屑と魚の香りが工房になる前の小屋へ満ちる。

王都鍛冶組合の使者が、義手と復職状を持って現れた。王家専属へ戻れば、最高級の魔導義手を与えるという。

ベルタは義手の箱には触れず、自作の糸車を指で回した。

からから、と誇らしい音がした。

「足りない腕を返してもらうより、今ある腕で作ったものを使いたい」

復職状を鍋の横へ置き、焼けた魚を一口食べる。熱い脂が舌へ広がった。

今日直したのは自分ではない。一本の竿と、明日も食べていける暮らし方だった。