片道切符を二枚
島を出る最終フェリーまで十二分。柚葉が切符売り場へ走ると、窓口の横に海成が立っていた。
「家、片づいた?」
「うん。祖母の家は明日、引き渡し」
「もう島に用事ないな」
「そうだね」
高校を卒業してから十年、柚葉は本土で働いている。海成は島に残り、家族の民宿を継いだ。
二人が別れた理由は、距離ではなかった。海成が何度も「帰ってくれば」と言い、柚葉が「私の人生を勝手に島へ戻さないで」と怒ったからだ。
今も島に住むつもりはない。好きだと言えば、帰る約束になる気がした。かといって海成に民宿を捨ててほしくもない。その一つの行き違いが、十年残った。
「次、いつ帰ってくる?」
「家がなくなるから、もう帰るとは言わない」
「じゃあ、来るのは?」
「同じでしょ」
「違う」
海成は売店のシャッターが下りる前に、缶のお茶を二本買った。一本を柚葉へ渡す。
乗船開始の放送が流れる。あと八分。
「帰ってくれば、って昔言ったのは悪かった」
「今さら」
「住めって意味にしか聞こえなかったよな」
「ほかにどんな意味があるの」
「疲れたとき、飯だけ食いに来ればって意味もあった」
「言葉が足りなさすぎる」
「柚葉は多すぎる」
懐かしい言い合いに、笑いそうになる。笑えば十年が軽くなる気がして、柚葉は海を見た。
「民宿、忙しい?」
「夏は。冬は暇」
「本土に出ないの?」
「明日の仕入れで出る」
「一日ずれてる」
「今日は予約が一組あるから」
フェリーの係員が切符を確認し始めた。あと四分。
「帰ってくれば」
二度目を、海成は慎重に言った。
「住むんじゃなくて。次の冬にでも」
「それなら、遊びに来てって言えばいい」
「遊びじゃ嫌だから」
柚葉の喉が詰まる。
「じゃあ何」
「それを決めるために来てほしい」
海成は島に残る。柚葉は本土へ戻る。どちらかが動かなければ始まらないと思い込んでいた。
切符売り場の窓口が閉まりかける。柚葉は自分の乗船券を係員へ見せず、窓口へ戻った。
「片道を一枚。本土行き、今日」
海成が目を見開く。
「予約は?」
「客が寝たあとなら、弟に頼める」
「それと、島行きを一枚。来月の最終便」
「柚葉の?」
「帰ってくれば、じゃない」
三度目の言葉を言い直す。
「私も来るし、あなたも来て」
二枚の片道切符を受け取り、一枚を海成へ渡した。
発車を急かす汽笛が鳴る。二人は暮らす場所を決めないまま、同じ船へ走った。