牛蒡の音が止むころ

神代貴文は、十年来の友人に告白し、二時間前に振られた。

 彼女は困った顔で「友達としてしか見られない」と言ったあと、何度も謝った。貴文は笑って、「気にしないで。明日から今までどおり」と答えた。駅で別れてから、その約束が一番つらくなった。

 十年のあいだ、彼女の失恋話も聞いた。新しい恋人ができるたび祝福し、別れるたび夜中まで電話に付き合った。自分だけは安全な友人の席にいられると思っていたが、告白した瞬間、その席には戻れなくなった。

 友人たちのグループでは、週末のキャンプの話が進んでいる。彼女も来る。貴文は参加のスタンプを押したまま、「本当に平気だから」と個別に送る文章を書いていた。

 居酒屋「土筆」には、貴文以外の客はいなかった。梅酒を一杯頼むと、店主は細切り牛蒡を油へ落とした。しゅわしゅわと高い音が続き、土のような香りが立つ。揚がった牛蒡は指で触れるだけで乾いた音を立て、七味の匂いが鼻をくすぐった。

「もう上げるんですか」

「音が細くなったからな」

 店主は鍋を見たまま答えた。

 貴文は「今までどおり」という下書きを消した。明日の夜、彼女へ「少しだけ距離を置きたい。落ち着いたら、また友達として話したい」と送る。週末のキャンプは欠席する。共通の友人には仕事だと嘘をつかず、今は顔を合わせにくいとだけ伝える。

 友情を守るなら、平気なふりをするべきだと思っていた。けれど無理に笑って、彼女に罪悪感を背負わせる方が、十年を雑に扱うことになる。告白を受け止めた彼女へ、翌日から何事もなかった役まで演じさせるのは違う。距離を置くのは罰ではなく、貴文が自分の言葉に追いつくための時間だった。平気になる日付だけは、まだ決められない。

 距離を置いたあと、本当に戻れる保証はない。次に会うとき彼女に恋人がいるかもしれない。告白しなければよかったという気持ちも、今夜は消えない。

 牛蒡を噛むと、薄い欠片がぱりぱり砕けた。七味の熱が遅れて舌へ来て、最後に土の匂いが静かに残った。