王を拒んだ男

倉橋迅は王のカードを鎌谷紬の前へ置いた。

「君の一と交換してくれ」

芦名修策が息を呑み、紬は王と迅の顔を交互に見る。誰が見ても、迅が損をする提案だった。

壁の規則は一文だけ。

〈最初にカード交換を申し込み、相手から拒否された参加者を解放する〉

このラウンドでは、実際に交換を成立させる必要はない。拒絶を得た者が勝つ。だからこそ、誰も簡単には断らない。低い札を差し出されても受け入れ、相手を勝者にしないのが合理的だった。

迅は逆を選んだ。最高位の王を、一と交換すると申し込む。

「罠よ」と紬が言う。

「規則は見たままだ」

「王には毒針があるの? 受け取ったら失格になる細工?」

迅は答えない。沈黙が、紬の疑いを膨らませる。主催者は参加者同士の不信を煽るため、カードの裏面を見せていなかった。

修策が口を挟む。

「受けろ。拒否したらこいつの勝ちだ」

「あなたは迅と組んでる。私に王を持たせて、終了後の別ゲームで狙うつもりでしょう」

残り三十秒。迅は王をさらに押す。

「交換してくれますか」

紬の呼吸が速くなる。あまりに有利な提案は、損な提案より怖い。主催者が入室前に流した「善意を疑え」という映像が、紬の頭で何度も再生されていた。王の金箔には小さな穴が見え、彼女には針の跡にしか見えなかった。

「拒否する」

判定音が即座に鳴る。

〈最初の拒否を確認。勝者、倉橋迅〉

王の金箔の穴は、製造番号を刻むための点だった。毒も罠もない。

紬は顔を覆う。

「本当に、ただ王を渡すつもりだったの?」

「うん。受け取られたら負けだった」

『なぜ沈黙したのです』

主催者が問う。

迅は外れた首輪を王の上へ置いた。

「説明すればするほど、彼女は僕の言葉を罠だと思う。あなたがここまで疑わせてくれたから、正直な申し出が一番怪しくなった」

扉が開く。

迅は一を受け取らないまま立ち上がった。

「カードの価値じゃない。人が好条件を信じられなくなった瞬間を交換したんだ」

王は最後まで、誰の手にも移らなかった。