王都を守らない聖壁
王都の城壁には、石ではなく聖女の命が塗り込められていた。
城壁聖女ナーヤの肩甲骨には煉瓦形の呪印があり、王宮の礎石へ鉄鎖で結ばれている。敵の攻撃を防ぐたび、彼女の体に亀裂が増えた。
石工頭のボルクは、崩れた東壁の修理を命じられた。
「聖女の出力を上げろ」と大臣が言う。「貧民区側なら、多少ひび割れても構わん」
東壁の外には敵軍、内側には避難できない住民がいる。ナーヤは王宮地下で膝をつき、すでに指先まで石化していた。
ボルクは壁ではなく、礎石を調べた。
鉄鎖を留める金具には、《王宮を最優先で守る》という一行だけが刻まれている。呪印を別の建物へ移せば、その建物の所有者が新しい主人になる。
「東壁へ付け替えろ」と大臣が命じた。
「付け替えません」
ボルクは石工槌を振り上げ、王宮の礎石を打った。
一撃で金具が曲がる。二撃で契約文字が欠ける。三撃目に、鉄鎖が根元から外れた。
ナーヤの肩から煉瓦形の印が剥がれ、灰色の薄片となって落ちる。
同時に、王宮を包んでいた光壁が消えた。
「反逆だ!」大臣が叫ぶ。「敵の砲撃が来るぞ!」
「だから人の手で壁を直すんです」
ボルクは石工たちを東壁へ走らせた。瓦礫を積み、荷車を倒し、住民にも土嚢を渡す。完璧な奇跡ではない。それでも皆が自分の持ち場を選び、砲撃に耐えた。
解放されたナーヤには地下水路の出口を教えた。
「外へ出れば中立都市へ行ける」
「王都は守らないのですか」
「守る義務はない。まして王宮を」
「あなたは?」
「東壁の人たちとは、昨日一緒にパンを食べた。だから残る」
夜明け前、最大の砲弾が飛んできた。
即席の壁では耐えられない。ボルクが住民を伏せさせた瞬間、東の空にだけ光が立ち上がった。
地下水路へ向かったはずのナーヤが、土嚢の上に立っていた。
光壁は王宮を包まない。東壁と、その背後で身を寄せる人々だけを守っている。
「なぜ戻った!」大臣が遠くから叫ぶ。
「王都を守りに来たのではありません」
ナーヤはボルクの石工槌へ手を添えた。
「私を礎石から外してくれた人と、自分で土嚢を積んだ人たちの隣を選びました」
彼女は鉄鎖の最後の輪を槌の柄へ通し、握りやすい輪に変えた。
砲弾が光壁で砕ける。
王宮を守らなかった聖壁は、初めて彼女自身が守りたい場所に立っていた。