王都最悪の舞踏会と迎えの馬車

宮廷幻術師ヴィオラは、舞踏会の空を真っ黒にした。

天井へ星空を映すはずの魔法が暴走し、光ではなく墨色の霧を降らせた。真珠のドレスも白い軍服も染まり、楽団は譜面を見失い、舞踏会は一曲目で中止。幸い霧は水で落ちるが、王都中の笑い話になる失敗だった。鏡の前では、ヴィオラ自身の銀髪も黒く濡れている。廊下には洗濯桶が並び、侍従たちが黙って汚れた衣装を運んでいた。

控室で、ヴィオラは幻術師章を外した。前の劇団では背景を一枚焦がしただけで、翌朝には巡業馬車から荷物を降ろされた。今夜も三人は、汚れた衣装を洗うたび自分を恨むだろう。フレッドの決闘服、ユリウスの王家礼装、サミュエルが展示する予定だった新作。被害を数え、ヴィオラは三通の謝罪状を幻術師章の下へ置いた。

契約金も返し、宿の住所も書かず、裏口から歩いて帰ろうとすると、廊下に決闘士フレッドがいた。白かった手袋は墨色に染まっている。彼はそれを脱がず、ヴィオラへ片方を差し出した。

「落ちるか試す。お前の部屋の洗面器を貸せ」

「新しい手袋を買えばいいでしょう」

「これは今日の入場証だ。捨てる理由がない」

王弟ユリウスは、中止になった舞踏会の座席表を持ってきた。ヴィオラの名に引かれた取消線を消し、次回の欄へそのまま写す。

「再演は一か月後。担当を変える決定はしていない」

最後に画商サミュエルが裏口を開けた。雨の中、迎えの馬車が一台だけ残っている。御者台には四人分の外套が積まれていた。

「染まった服を新しい流行として売る相談を、帰りながらしよう」

「私のせいで、みんな恥をかいたのよ」

フレッドは黒い手袋を胸元へ戻した。ユリウスは次回席の隣を三つ空けた。サミュエルは馬車の扉を押さえたまま、急かさない。

ヴィオラが「また置いていかれると思った」と言うと、三人は慰める代わりに、雨で滑る石段へそれぞれ手を伸ばした。黒い霧を落とす水の匂いが、宮殿中から流れてくる。誰の手も汚れていないふりをしなかった。

選ぶための手ではない。転ばず馬車へ帰るための三本だった。

扉が閉じるまで、王宮の裏口には四人分の足跡が並んでいた。