白いシャツの折り目

 津守迅は、面接前夜に父のクリーニング店を訪れた。閉店札は出ていたが、兼一は奥でアイロン台を拭いていた。

「一枚だけ頼む」

「明日なら特急料金」

「息子割は」

「廃止した」

 迅が起業に失敗し、借金だけ残したことを父は知っている。保証人を頼んで断られ、それ以来二年会っていない。今回の面接先が堅い会社だと伝えれば、勝ち誇られる気がした。

 兼一はシャツを広げ、襟の黄ばみを見た。

「これで行く気か」

「上着で隠れる」

「首は隠れん」

「洗えば落ちる?」

「落とす」

 迅は染み抜き剤を作り、兼一は蒸気を当てた。薬剤の量を間違えると生地が傷む。父は手順を口で言わず、迅の手首を二本の指で止めた。

「多い」

「先に言えよ」

「見れば分かる」

「分からないから聞いてる」

「昔は聞かなかった」

「昔の話をするな」

「今も同じだ」

 アイロンの蒸気が二人の間を白くした。

 黄ばみは完全には消えず、近くで見れば薄く残った。兼一は襟を整え、前身頃へアイロンを滑らせる。迅も反対側を担当した。力を入れすぎて折り目を二重にすると、父が霧吹きをかけ、やり直した。

「会社員になるのか」

「受かれば」

「続くのか」

「分からない」

「借金は」

「返す」

「それは聞いてない」

 迅はアイロンを置いた。父が知りたいことは分かる。それでも「助けてほしい」とは言えなかった。兼一も「戻ってこい」とは言わなかった。

 二人で袖を畳み、厚紙を入れ、透明袋へ収めた。兼一は料金を受け取らず、奥からもう一枚、同じサイズの白いシャツを出した。

「これは?」

「予備」

「俺のじゃない」

「採寸は変わってなかった」

 襟の内側に、小さく「J」と縫い付けてある。迅が店を手伝っていた高校時代の印だった。

 兼一は二枚を紙袋へ入れ、店の鍵も一緒に落とした。

「鍵、入った」

「朝、返せ。六時にはいる」

「面接は九時」

「ならコーヒーくらい飲める」

 迅は鍵を抜かず、袋の口を折った。父のつけた真っ直ぐな折り目に沿って。