白い靴箱の紙鶴

歯科医院の更衣室で、高槻すずの個人ロッカーの合鍵が消えた。

鍵を管理していたのは受付の百瀬史帆。前夜、技工物を届けた嶋崎と、院長の芦名も事務室へ入っている。ロッカーには替えの制服と通勤靴しかないのに、なぜ鍵だけ持ち出すのか分からなかった。すずは合鍵をなくした責任を自分で取ろうと、鍵交換の見積書まで印刷した。

すずは三つの妙なものを見つけた。鍵箱のそばに、薄荷色の歯科用ワックス。勤務表では、今日の残業担当がすずから史帆へ書き換えられている。そして更衣室のベンチに、靴店のレシートで折った小さな紙鶴。

「史帆、何を隠してるの」

すずが訊くと、史帆は診察券の束で顔を隠した。

先週、史帆は予約時間を入力し間違え、昼休みに急患を三人重ねた。すずは食事も取らず走り回り、古いパンプスで踵をひどく擦りむいた。それでも「大丈夫」と笑ったため、史帆は謝るきっかけをなくしていた。すずは誰かが失敗すると先回りして穴を埋めるのに、自分が痛いときだけは決して知らせない。史帆はその優しさに甘えたことまで謝りたかった。

合鍵でロッカーを開けたのは、新しい仕事靴を入れるためだった。嶋崎は足型の採寸を手伝い、芦名は今日の残業を史帆へ移した。三人で選んだ白い靴が、ロッカーの下段に収まっている。踵には、すずの歩き方に合わせた柔らかなパッドが貼られていた。

ところが合鍵そのものが見当たらない。

すずが靴を持ち上げると、右足のつま先で小さく音がした。型崩れ防止の薄紙に包まれ、合鍵が入っていた。史帆は驚かせようとして鍵まで靴に隠し、そのまま忘れたらしい。

「勝手に開けたことも、予約を間違えたことも、ごめん」

「靴を買えば帳消し、ではないよ」

史帆の顔が曇る。

「でも、ちゃんと謝ってくれたから、半分は許す。残りは今日の残業で」

すずは新しい靴を履いた。柔らかな底が足裏を受け止め、立っただけで体が少し軽い。紙鶴は名札の横へ置いた。

午後の診療前、史帆が薄荷のキャンディーを一粒差し出した。

すずは口に入れ、白い靴で一歩踏み出した。

「今日は、痛くない」