白杖が消えたホーム

午後六時十二分、帰宅客で混み合う駅のホームで、女性が警備員の榛葉志郎へ駆け寄った。

「一緒にいた弟とはぐれました。白い杖を使っています」

直前に快速電車が到着し、人波は階段と乗車口の間で二つに割れていた。

榛葉は「服装は」と聞く前に、ホーム柵の内側を見た。白杖の利用者が流れに押されれば、立ち止まった場所より、音の少ない方向へ避けることがある。

駅員は非常停止ボタンの前へつき、榛葉は無線で列車の出発を待たせた。ただしホーム全体へ名前を放送しなかった。大音量は、方向を確かめるための音を消してしまう。

榛葉は人の流れを階段側で一度止め、乗客へ「右側を空けてください」と短く繰り返した。次に、杖をつかむような探し方をせず、一定の場所から本人の名前を呼んだ。

返事はない。だが自動販売機の裏から、硬いものが床を二度たたく音がした。

榛葉は列車の運転士にも、見つかるまで警笛を使わないよう駅員から伝えてもらった。大きな音は注意喚起になる一方、本人が返す小さな音を隠してしまう。

弟は工事用の仮壁とホーム柵の間に立っていた。混雑を避けたつもりが、仮壁の反響で階段の方向を逆に感じ、動けなくなっていた。

榛葉は腕を引かず、「右肩の少し前に立ちます」と告げた。本人が肩へ手を置いてから、足元の段差を言葉で伝える。これが声かけ誘導の基本だが、急いだ人ほど黙ってつかもうとする。

姉と再会した弟は、列車を止めたことを謝った。

「止めたのは見失ったからではありません。見つける人の耳を残すためです」

榛葉はそう答え、出発の合図を送った。

快速は三分遅れてホームを離れた。人波がほどけると、仮壁の角に白杖の先が入りそうな隙間が見つかった。榛葉は黄色いテープでふさぎ、工事担当へ位置を引き継いだ。

次の普通電車の接近放送が流れる。ホームにはまた人が増え始めた。

榛葉は白い杖が消えた場所へ立ち、今度は誰も音のない隙間へ押されないよう、人の肩の向きを見続けた。