白線の外の笛

椿原結人は、校庭の測量を請け負うドローン操縦士だった。二十六歳。母校の敷地拡張前に、夜間の地形データを取ることになった。

体育倉庫の連絡ノートに、古い顧問の字が残っている。

《消灯後、校庭の白線の外から笛が鳴っても、線を越えてはいけない》

この土地では、山へ入った子どもを戻すため、村境へ白い灰の線を引き、内側から笛を一度鳴らしたという。外から鳴り返した音は、帰ってきた子ではなく、山が覚えた足音だとされた。

二十一時、結人は上空から校庭を撮影した。モニターにはサッカーコートの外側に、図面にない白線が円形に映っている。ドローンが急に操作を失い、その円の外へ着地した。

林の奥から笛が鳴った。画面には、少年サッカー時代の結人と同じ背番号を着た子が立ち、ドローンを拾っている。

機材を失えば弁償になる。結人は一度だけ白線を越え、少年からドローンを奪い返した。

足元の校庭が消え、周囲は夜の山道になった。少年たちが何十人も一列で走り、全員が結人の昔の顔をしている。背後で笛が鳴ると、彼らは一斉に白線の内側へ向かった。

ドローン映像には、結人が線を越えた後も大人の身体が内側に立ち続けていた。外へ走ったのは小学生の結人で、泥だらけの膝を抱えながら機体を持ち帰っている。二人が線ですれ違った瞬間、GPSの機体名は《椿原結人》へ、操縦者名は《帰宅待ち》へ変わった。会社の測量データでは、校庭の円の中心が今の彼の自宅になっていた。

結人はドローンの帰還灯を頼りに戻った。時計では三分しか経っていないが、運動アプリには十四キロの走行記録が残っていた。

帰路の防犯カメラでは、大人の結人は映らず、小学生の少年だけがドローンケースを引きずっていた。映像の少年は各交差点で笛を待ち、鳴るたび一つ年を取った。

帰宅直後、スマートロックから通知が来た。

《お子さまが帰宅しました》

《椿原結人・小学五年》

独り暮らしの結人がドアカメラを開くと、泥だらけの少年が昔のユニフォーム姿で立っていた。少年は笛をくわえ、画面へ向かって指を一本立てた。