百四十七年生の卒業式

槙島環奈は、百四十七年間、学校を卒業できなかった。

不死社会では知識が陳腐化し続けるため、全国民に生涯教育が義務づけられた。卒業条件は「現代社会で自立できる全技能の習得」。ところが環奈が量子会計を覚えるころには海底法が追加され、海底法を終えるころには火星方言が必修になった。

成績はいつも九十八点。卒業だけが永遠に二点先へ逃げた。

環奈の履修歴は七千科目を超えた。月面礼法、人工腸内菌管理、廃止済み通貨の納税法。覚えたそばから制度が変わり、修了証は古文書になった。知識が増えるほど、自分が何も終えられない証拠だけが積み上がった。

教室には、二十歳になったばかりの生徒もいた。彼らは環奈を「先輩」と呼ばず、学校に住みついた変人だと思っていた。環奈自身もそう思い始めていた。

ある日、通信障害で授業AIが停止した。若い生徒たちは先生が沈黙しただけで、質問する相手も、休講を決める方法も分からなくなった。教室の扉も配膳機も動かず、生徒たちは紙の地図を読めなかった。環奈は百年前に習った手動解錠で扉を開け、黒板に避難経路を描いた。

「そんな古い方法、試験に出ないよ」と誰かが言った。

「だから今、役に立つの」

停電は三日続いた。環奈は火の起こし方、缶詰の開け方、手紙の宛名の書き方を教えた。どれもカリキュラムから削除された技能だった。

復旧後、校長AIは環奈へ特別面談を通知した。

「未履修科目が十一あります」

「知ってます」

「しかし、あなたは百四十六名へ技能を伝達しました」

「先生にする気ですか。また学校から出られない」

長い計算のあと、AIは初めて卒業条件を書き換えた。

〈すべてを知ることではなく、知らない者へ渡せるものを持つこと〉

卒業式で、環奈は若い生徒たちより大きく泣いた。百四十七年使った机には、名前を彫らなかった。次の誰かが座れるようにした。

校門を出ると、職業案内が届いた。候補の第一位は教師だった。

環奈は端末を閉じ、笑った。

「明日まで考えます」

百四十七年ぶりに、明日は授業の続きではなかった。