着信音を消す

文乃は、家族からの電話に必ず出る。桐子は、家族の番号をすべて無音にしている。

「出ないと心配するから」

「出るから、かければ済むと思われるんだよ」

二人は互いの家族観を理解できない。文乃には、連絡を断つことが家族を見捨てるように見える。桐子には、応じ続けることが自分を差し出すように見える。

夕食の途中、文乃の母から三度目の着信があった。用件は、見合い写真を送ったから感想を聞きたい、だった。文乃は箸を置き、明るい声で応じた。

通話を切ると、味噌汁は冷めていた。

「嫌なら嫌って言えば」

桐子が言う。

「切るだけが強さじゃないよ」

文乃の言葉は、思ったより鋭くなった。桐子は返事をせず、焼き魚の骨を外した。

今度は桐子のスマートフォンが震えた。無音にしてある父親からだった。画面には〈至急〉と出ている。

桐子は取らない。けれど震動が止まるたび、肩が固くなる。文乃は、出ればいいとも、出なくていいとも言えなかった。桐子の家で何があったか、詳しく聞いたことはない。

桐子も、文乃が母の電話を切れない理由を意志の弱さだけでは片づけられなかった。母が病気をした年、文乃が毎週帰省していたことを知っている。

父親からメッセージが届いた。

〈今月だけ金を貸してほしい〉

桐子は画面を伏せた。文乃の母から、四度目の電話が鳴る。

二つの着信が、狭い食卓を挟んで交互に震わせた。

文乃は自分のスマートフォンを持ち上げた。母へ〈今日はもう話せません。明日の夜に私から連絡します〉と送り、電源を切る。

桐子は父親へ何も送らなかった。代わりに、設定画面から震動も切った。

やり方は違う。文乃は明日話すつもりで、桐子は明日も話さないかもしれない。どちらが正しいかを決める必要はなかった。

二人はスマートフォンを台所の引き出しへ入れた。文乃が閉め、桐子が上に布巾を置く。無音にする時間は、食事が終わるまで。それ以上の約束はしなかった。

食卓へ戻ると、味噌汁の表面に薄い膜が張っていた。桐子が鍋へ戻し、文乃が火をつける。

しばらくして鳴ったのは、着信音ではなく、温め直した鍋のふたが揺れる音だった。