砂場の巨腕

河川工事の夜間現場で、油圧ショベルのブームが川側へ伸びたまま止まった。バケットの下には掘削溝があり、夜明け前に埋め戻さなければ雨水が入る。穂積芹が着くと、運転手は主ポンプの故障だと言った。

「レバーが重くて、ブームだけ戻らない」

芹はエンジンを切った状態で、バケットの位置を十分間見た。わずかだが下がっている。主ポンプが止まっていても動くなら、力を作る側ではなく、油を止める側に問題がある。

彼女は作業員を溝から出し、バケットの下へ鋼材の受けを組ませた。故障した機械を再始動した瞬間、ブームが急に落ちる可能性がある。急ぐほど、巨腕の下を空にしておく必要があった。

現場監督は雨雲の到着時刻を読み上げたが、芹はその数字を聞いても作業員を溝へ戻さなかった。バケットを受ける鋼材が一本傾いていたからだ。二本を組み直し、荷重が左右へ分かれたのを確認してから床板へ近づく。機械が動かない時間にも、土と重力は作業を続けている。

運転席の床板を外すと、操作信号を送る細い配管が座席金具に挟まれていた。パイロット圧が半端に残り、弁を中立へ戻せずにいる。前日に座席を交換した際、配管を元の留め具へ通さなかったらしい。

運転手は配管を引き出せば直ると言った。芹は表面の潰れを触り、交換を決めた。形だけ戻しても内側が剥がれていれば、次の操作で詰まり、今度は旋回中に止まる。スイングロックも手動で掛け、残圧を抜いてから配管を外した。

新しい配管を正しい経路へ固定し、まず無負荷でレバーを動かす。次にブームを十センチ上げ、停止して一分待つ。位置は変わらない。最後に鋼材を外し、ゆっくり格納した。

午前四時四十分、ショベルは埋め戻しを再開した。運転手は座席下の配管を見て、「見えないところが腕を動かしてたんだな」とつぶやいた。

芹が古い配管へ交換理由を書いていると、現場入口でコンクリートポンプ車が警笛を鳴らした。そちらはアウトリガーが一本だけ伸びないという。川霧の向こうで、別の巨腕が待っていた。