砂時計の首

サディクの砂時計には、最後まで落ちない黒い砂が一粒だけ入っていた。

砂漠諸侯の戦では、休戦使者が砂時計を掲げて敵陣へ入る。最初の砂が落ちてから最後の砂が落ちるまで、使者へ刃を向けてはならない。破れば、次の戦から降伏も捕虜交換も認められない。

サディクは味方の赤砦へ、夜明け前の突撃命令を届ける。敵陣を横切るには、三百息分の砂では足りない。そこで首の細い部分へ蜜を一滴塗り、黒い大粒を貼りつかせた。

敵の正門で、彼は砂時計を逆さにした。

「休戦使者だ」

兵は槍を下げた。砂は淡々と落ち始める。

敵将クルバンは、仕掛けを知らなくても時間を削りにきた。幕舎へ招き、甘い茶を置き、命令の内容を聞いた。

「砦へ着くまで言えない」

「では、砂が尽きるまでここで話そう」

白い砂は半分になった。サディクは茶を飲まない。手が震えれば、砂時計の首についた蜜が流れる。

クルバンは古い戦の話を始めた。休戦の掟を作った王、最初に破った将、その一族が井戸へ投げられた夜。話が終わる頃、白い砂は最後の数粒になっていた。

一粒、二粒。黒い砂だけが首に残る。

流れが止まった。

クルバンは砂時計を見つめた。

「細工をしたな」

「最後の砂は、まだ落ちていない」

「落ちない砂を砂と呼ぶか」

「お前がこの時計を割れば、掟を破ったのは俺ではない」

一回の言葉の争いだった。兵たちは耳を澄ませている。ここでクルバンが使者を斬れば、諸侯の前で自分の旗を汚す。

敵将は砂時計を奪い、火へかざした。蜜が溶ければ黒い粒は落ちる。だが熱で硝子が割れれば、やはり彼の責任になる。

細い音がした。硝子に白い筋が走る。

クルバンは舌打ちし、時計を返した。

「赤砦まで護送しろ。着いた瞬間に殺せ」

護衛の槍に囲まれ、サディクは敵陣を抜けた。赤砦の門前で、黒い砂はまだ首に貼りついている。

守将は命令を聞き終えると、砂時計を地面へ叩きつけた。

黒い粒が破片の上へ転がる。

赤砦の戦旗が上がり、夜明け前の突撃命令が下った。