祖母の値札

四方堂乃亜の仕事は、人の寿命へ値札をつけることだった。

健康、学歴、遺伝情報、生活習慣を調べ、買い取り価格を算出する。若く健康な年は高く、病気の可能性がある年は安い。乃亜は感情を挟まない優秀な査定士だった。

ある日、予約表に祖母の名前があった。

七十九歳の祖母は、残り六年をすべて売ると言った。査定額は四十万円。高齢者の一年は、若者の一か月より安い。

「何に使うの」

「あなたを家から出す」

乃亜は両親と同居し、給与の大半を家へ入れていた。父は乃亜名義で借金をし、母は「家族だから」と耐えさせた。祖母だけが、幼いころから乃亜の逃げ道だった。

四十万円あれば、敷金と引っ越し代になる。

「私が自分で払う」

「あなたのお金は、また取られる」

乃亜は査定を拒否した。祖母は別の支店へ行くと言った。

二人は初めて激しく喧嘩した。

「六年を四十万円で売るなんて、馬鹿にされてる!」

「値段をつけたのは、あんたでしょう」

その言葉が刺さった。

乃亜は毎日、他人の未来を数字へ縮めていた。老後の六年に、何回の夏祭りや、何杯の茶や、何度の口論があるかは査定表にない。

翌日、乃亜は会社を辞めた。退職金は少なかったが、祖母と二人で小さな部屋を借りた。父は怒鳴り、母は泣いた。乃亜は初めて、家族の反応を価格に換算せず受け止めた。

祖母は寿命を売らなかった。

新居では、六畳一間に布団を二枚敷いた。狭くて毎朝どちらかの足がぶつかり、祖母は「四十万円の部屋にしては上等」と笑った。

乃亜は商店街の古書店で帳簿係になった。給料は前職の半分だったが、振込先は自分だけの口座だった。最初の給料日に祖母へ靴を贈ると、祖母は値札を切らず、「これは逃げた証拠だから」と箱ごと飾った。

二年後、祖母は予測より早く亡くなった。残り四年は市場に出ることも、乃亜へ相続されることもなく消えた。

乃亜は葬儀のあと、元会社の査定書を破った。

祖母の六年は、結果として二年しかなかった。だがその二年で、乃亜は家を出て、新しい仕事を見つけ、自分の口座を取り戻した。

値札は四十万円だった。

乃亜にとっては、以後の人生すべてだった。