祖父の洗車

祖父の暁三は、日曜の朝に必ず車を洗う。

もう遠出はせず、買い物と通院に使うだけの軽自動車だ。それでもバケツへ水を汲み、屋根から順にスポンジを滑らせる。

孫の絢仁は免許を取ったばかりで、練習のため祖父の車を借りている。

前日の運転で、車体には泥が跳ねていた。

「自分で洗え」と言われ、二人で作業する。

絢仁がホースを使おうとすると、暁三はバケツで十分だと言う。

「水がもったいない」

同じ水で何度もスポンジをすすぐ。だんだん灰色になる。

車内も掃除すると、助手席の下から古い飴の包みが出てきた。祖母が生前よく食べていた梅味だった。

「捨てていい?」

暁三は少し見てから頷いた。

掃除機で吸う前に、包みを開いて匂いを嗅ぐ。甘酸っぱい香りはほとんど残っていない。

洗車後、祖父を助手席へ乗せ、絢仁が近所を一周した。暁三はブレーキが遅い、左へ寄りすぎると細かく言う。

「自分で運転すれば」

「人の運転に文句を言うほうが楽しい」

帰宅し、車を日に当てて乾かす。窓ガラスに二人の顔が薄く映った。

絢仁は梅の飴を一袋買い、車の収納へ入れた。

次の日曜、扉を開けると車内に新しい梅の香りがした。暁三は何も言わず一つ取り、洗ったばかりの助手席で包みを鳴らした。

暁三は免許を返すことを決めた。最後の運転は自分でし、絢仁を助手席へ乗せる。行き先は市場ではなく、いつもの洗車場だった。二人で車を洗い、屋根の水滴を布で拭く。売却の日、収納から梅の飴を全部出し、半分ずつ分けた。数か月後、絢仁は自分の中古車で祖父を迎えに行った。助手席へ乗った暁三は、まずブレーキのことを言う。車内には新しい消臭剤より強く、梅飴の甘酸っぱい匂いがしていた。

免許はなくても、暁三は日曜になると絢仁の車を洗った。助手席専門の人が屋根まで磨く。水滴を拭いた指へ梅飴の包みが触れ、車内に春の酸っぱい甘さが広がった。