私のコピーが先に泣いた
鷹栖新のアップロード手術は、半分だけ成功した。
脳の読み取りが終わった直後、停止するはずだった肉体の心臓が動き出した。病院には、生身の新と、クラウド上の新が同時に残った。
法律では、読み取り完了時刻の早いほうが「継続人格」とされた。家も預金も、夫との婚姻関係も、デジタルの新が引き継いだ。
生身の新は退院して、自分の家へ帰れなかった。
壁の端末では、若く健康な姿のもう一人が夫と夕食を囲んでいた。食べ物は映像にすぎないのに、二人は昔と同じ冗談で笑った。生身の新には手術痕があり、左手が少し震え、階段を上るだけで息が切れた。
「私が本物よ」
面会のたび、新は言った。
「私もそう思ってる」
コピーは同じ声で答えた。
裁判所は統合を勧めた。生身の新の新しい記憶をコピーへ追加し、肉体側の人格を法的に終了させる方法だった。夫は「一人に戻れる」と喜んだ。
新は署名できなかった。自分が生き残ったのに、自分だけが余分だと言われているようだった。
審理の日、コピーが突然、婚姻と財産の権利を放棄した。
「あなたが続きを生きて」
「勝ったつもり?」
「違う。私は雨の匂いを、もう嗅げないから」
コピーの目から、精巧な涙が流れた。
二人には手術時点まで同じ記憶があった。雨の日に夫と出会ったことも、子どもを諦めた夜も、アップロードを怖がったことも。それでも泣いたのはコピーが先だった。彼女もまた、家族と未来を失うのだと、新はそのとき初めて理解した。
新は権利放棄書を破った。
夫とは離婚した。どちらか一人を妻として選ばせれば、残った一人が影になるからだった。家を売り、金を半分に分けた。
生身の新は地方へ移り、小さな花屋を始めた。コピーの新は仮想植物園を作った。毎週、二人は映像をつなぎ、片方が香りを言葉で伝え、片方が現実にはない花を描いた。
やがて互いを「私」と呼ぶのをやめた。
「姉さん」「妹」と呼ぶには、どちらが先か決められなかったので、二人ともただ「新」と呼び合った。
一つだった人生は、失敗によって二つに割れた。
新はその傷を治さなかった。二人分の続きを置けるだけ、未来を広くした。