種をまく区画

故郷の市民農園から、空き区画の募集案内が届いた。

応募したのは半年前だった。あのころ史依は、帰郷すれば土に触れる生活が待っていると本気で思っていた。ベランダのない東京の部屋で、移住情報ばかり眺めていた夜だ。

当選した区画は十五平方メートル。利用開始は四月。返事は一週間以内。

史依の机には二袋の種がある。故郷の直売所で買った枝豆と、東京の園芸店でもらったミニトマト。どちらも蒔き時を過ぎ、袋の中で眠っている。

二十九歳になったころから、史依は「育てる」という言葉に弱くなった。植物、習慣、居場所。何も根づかせていない自分が、人生を使い切らずに薄めているように感じた。

けれど農園の利用規約を読むと、週一回以上の手入れ、共用水路の掃除、秋の区画返却とある。土は癒やしではなく、欠席すれば枯れる約束だった。

管理事務所へ電話すると、担当者は「移住前提でなくても利用できます」と言った。

「東京から通う人もいるんですか」

「月二回だと、夏は厳しいですね。近くの人に水やりを頼むことになります」

誰かに任せる未来と、自分で近くに住む未来。史依は二つの種袋を掌に載せた。軽さはほとんど同じなのに、必要な時間は違う。

帰郷の申込書を先に出せば、農園に間に合う。だが、野菜を育てたいから町を選ぶのではない。町を選んだあと、手間の一つとして畑を持てるかが問われている。

史依は農園の利用を承諾し、同じ日に短期住宅へ申し込んだ。期間は一年ではなく、収穫までの六か月。秋に区画を返すとき、その先を決める。

初日に土を握ると、写真で想像したより固く、小石が多かった。隣の区画の人から「最初は何も育たないかも」と言われ、史依はうなずいた。励ましに変換せず、そのままの予告として聞けた。

四月、最初の畝に枝豆を蒔いた。ミニトマトの種は東京の友人へ送った。二つの未来を競わせるのではなく、別々の場所で育てるためだった。

芽が出なくても、町が合わなくても、申込時の自分を笑わない。

史依は水やり当番表の最初の欄に、自分の名前を油性ペンで書いた。