空きを待つスリッパ

多祢は、祖母を施設へ入れない。

「もっと大変な人にベッドを譲りたい」と言い、自宅で仕事をしながら介護を続けている。親戚が無理をするなと勧めても笑う従姉を、私は誇らしく思っていた。

玄関には入所用の鞄があり、名前を書いたスリッパも入っている。いつ空きが出てもいいよう準備だけはしているらしい。ただ、施設から電話が来ると、多祢は必ず祖母を別室へ移し、スピーカーを切って話した。

もう一つ、祖母が「今度は行ける?」と尋ねると、多祢は「順番だからね」と答えた。祖母は待つのが苦手になったのだと思った。

私は介護者支援の記事を書く仕事をしており、多祢を匿名で紹介した。公的サービスを独占せず、家族の愛で支える若い介護者。記事は反響を呼び、寄付や食料が届いた。取材写真では祖母に新品のカーディガンを着せ、『家がいい』と言うまで質問を変え、途中の沈黙は記事に書かなかった。私も、読者が求める献身を守った。届いた紙おむつの箱は廊下に積み、それも献身の背景として写真へ入れた。多祢は寄付を『祖母のため』と受け取った。

半年後、取材先の施設で祖母の名前を見つけた。待機者名簿ではなく、辞退者一覧だった。空きは四度出ており、そのたび多祢が「本人が拒否」と断っていた。

祖母は拒んでいなかった。見学の日に着る服まで選び、電話のたび荷物を持って玄関へ来ていたという。

多祢は泣いた。祖母が入所すれば年金の大半は費用に消え、祖母名義の家も空く。多祢は仕事が不安定で、住宅費も生活費も祖母の口座から出していた。離れたくないのは愛情であり、暮らしを守るためでもある。それを偽善と呼ぶほうが残酷だと言った。

私は記事を削除しようとしたが、祖母が読んでいた。〈ベッドを譲る優しい孫〉という見出しを指し、「私が譲ったの?」と聞いた。

次の空きは、第三者の立ち会いで受けることになった。

玄関の鞄から出したスリッパには、三年待ったのに、底へ一粒の砂もついていなかった。