空の裂け目を縫う
「破れた布を直すだけの《繕い》。針仕事なら誰でもできる。無能だ」
聖騎士団の祝福式で、団長エドラスはルガの白衣を返した。
《スキル:繕い――触れた布の裂け目を、一瞬で縫い閉じる》
鎧も傷も直せない。ルガは礼拝堂の旗を修繕する係にされた。
ルガは古い旗ほど丁寧に扱った。裂け目を放置すれば、風はそこだけを選んで入り、糸を一本ずつほどいていく。小さな穴のうちに閉じるのが繕いの役目だ。聖女の天幕という昔話を聞くたび、彼は空にも縦糸と横糸があるところを想像していた。神話が本当なら、騎士の槍より裁縫師の指が必要になる夜もある。
皆既月食の夜、王都の空が裂けた。
黒い隙間から異界の風が吹き、屋根も人も上へ吸い上げる。聖騎士たちは光の杭を打つが、裂け目は広がるばかりだった。
王都を覆う空は、本物の空ではない。
千年前、初代聖女が異界との穴を隠すため、星銀の糸で織った巨大な天幕を張ったという。誰もが神話だと思っていた。だが裂けた縁には、確かに布のような織り目が光っている。
「杭がもたない! 市民を地下へ!」
エドラスが叫ぶ。
ルガは修繕籠から、いつも使っている木の糸巻きを取った。
「団長、あれは傷ではありません」
「何だと」
「破れた布です。なら、僕の仕事です」
吸い上げる風に乗り、礼拝堂の旗を帆にして裂け目へ近づく。騎士たちの鎖が腰へ巻かれ、一本ずつ切れていく。
ルガは最後の鎖が外れる前に、星銀の縁へ指を届かせた。
「《繕い》」
夜空に巨大な縫い目が走った。
東の端から西の端へ、光の糸が交互に渡る。吸い込まれかけた瓦が落ち、異界の風が細くなる。最後の一針が月の前を横切ると、裂け目は一本の銀線になって閉じた。
ルガは旗に包まれて鐘楼へ落ちた。
そこへエドラスが駆け上がり、団長だけが着ける星章を外す。
「我々は空を敵だと思い、槍を向けた。お前だけが破れた天幕だと見抜いた。王都の空を繕った者に、旗係の腕章は似合わん」
星章がルガの胸へ留められた。
「次代の聖騎士団長は、お前だ」