空箱を置かない売場

化粧品メーカーの営業・片瀬毬花は、新作口紅の発売当日、開店二時間前に百貨店へ呼ばれた。

「テスターが半分しか届いていない。このままでは開店時の売場が埋まらない」

買付担当は、商品箱を空のまま什器へ置いて見栄えを整えようとしていた。汐里の倉庫にも追加テスターはない。

彼女は空箱を並べる前に、過去の販売表を開いた。十二色のうち、試される回数は赤系三色に集中している。全色を一列に並べる計画は華やかだが、客は色名だけでは選べず、人気色の前に人が滞留する。

販売員の人数を聞くと、開店後の一時間は二人しかいなかった。十二本を広げれば、一人が会計へ行く間に試用品を見守れない。毬花は六本のキャップに大きな番号を付け、返す場所を迷わせないようにした。

毬花は届いた六本を均等に置かなかった。赤系三色を中央に、残り三本は色の明暗を比べられる代表色として置く。欠けた色は空箱でごまかさず、腕に塗った見本写真と番号だけを掲示する。

「商品が少なく見える」

担当者は反対した。

毬花は什器を入口正面から鏡の横へ移した。正面なら通行客は立ち止まり、背後が詰まる。鏡の横なら、販売員が一人ずつ案内でき、テスターの取り違えや落下も防げる。

さらにセルスルーを初日売上だけで見ず、試した色と購入色を販売員が小さな表に印を付ける手順へ変えた。足りないテスターを翌日ただ補充するのではなく、実際に比較される色から送るためだ。

「全色そろっていないと、本部に怒られる」

「空箱がある方が、お客様は売り切れたと思います」

売場は六本だけで開いた。開始一時間で、中央の赤系に試用が集中した。写真だけの色を尋ねる客もいたが、販売員が似た色を示すことで会話が生まれた。

昼前、最初の集計を見た倉庫は、追加分を人気順に発送した。欠けていた色を機械的に一本ずつ送るより、午後の売上に間に合った。

買付担当は空箱を倉庫へ戻し、毬花へ次の季節品の相談をした。

そのとき別店舗から連絡が来た。

「テスターは全部あるのに、一本も売れません」

毬花は売上表ではなく、什器の置かれた場所の写真を頼んだ。