立たせなかった英雄
槍試合の最中、若い騎士が馬から頭から落ちた。
目は開いている。だが首を動かすたび、両手の指が痺れると言った。観客席から父親が駆け下り、「立て、恥を晒すな」と腕を引こうとする。
馬番のクウェンは、騎士の肩を地面へ戻した。
「起こしません。治療師が来るまで、このままです」
「骨も折れていないのに、平民が息子を押さえるな!」
クウェンは騎士本人へ尋ねた。
「足の指は動きますか」
五本が動いた。なら、その状態を変えない。周囲の馬を退け、誰にも身体を持ち上げさせず、騎士の顔の両側へ手を置いて頭の向きだけを保った。
観客は臆病者と笑った。
三分後、騎士は右手の痺れが薄れたと言った。
八分後、王立治療師が固定板を持って到着する。騎士を板ごと運び、検査した治療師は、首の骨に細いひびがあると告げた。
「自分で立たせていたら、ひびがずれた可能性が高い。足の指が動くまま届いたのは、この者が起こさなかったからだ」
父親は黙った。さっきまで笑っていた観客も、騎士が担架の上から右手を上げると静まり返った。
治療後の見込みは六週間で復帰。麻痺はなし。去年、落馬直後に仲間が抱き起こした騎士は、今も腰から下を動かせない。
騎士の父は治療室の前で、自分が腕を引いた跡を見つめていた。あの一度で息子の痺れが強くなっていたと知り、クウェンへ謝罪の金貨袋を差し出す。クウェンは受け取らず、代わりに競技場へ固定板を二枚置くことを求めた。金貨袋は一人分、固定板は次の百人分になる。父親は袋をそのまま用具商へ渡し、十六枚の板を注文した。
騎士は担架の上から、「六週間後、歩いて戻る。そのとき最初にお前へ敬礼する」とクウェンへ約束した。観客は、立たせないという判断が未来の一歩を守った意味をようやく理解した。
大会主催者はその日の表彰式を一つ増やした。優勝者の金盾ではなく、何もしなかった勇気へ銀盾を贈る。
クウェンの馬番札は外され、『競技場転倒対応長』の腕章へ替わった。
「次に倒れた者がいても、英雄に見せるため立たせるな」
その命令が、王国全競技場の新しい規則になった。