竜婚条項を書き戻した手
王家の婚約披露宴で、キアラナ・モルゼは王位簒奪を企てたと断罪された。
婚約者レミジオ・ソルが、古い竜婚契約を広げる。
「第十三条に、花嫁が竜脈継承者となるとある。彼女は私との婚姻を利用し、王位を奪うつもりだ。婚約を破棄する!」
条項には確かにキアラナの名がある。だが彼女は紙を恐れず、余白に残る細い銀線を示した。
「私は署名時、この条項を削除しました。契約は修正履歴を一つだけ保存します」
彼女が銀線へ指を置くと、文字が逆向きにほどけた。削除された条項を書き戻すレミジオの手と、彼自身の血印が現れる。
「王位を欲したのは、私ではありません。私を継承者にして操るつもりだったのですね」
証拠は修正履歴だけ。だが竜紋は偽りを嫌い、レミジオの袖を焦がした。
第十三条を削除したのは、竜脈を継ぐ者が配偶者の命令へ絶対服従する古い文言まで残っていたからだ。キアラナは王家の力を増すことより、誰か一人へ首輪を掛ける制度を終わらせたかった。レミジオは表向き賛成し、署名後にこっそり書き戻した。彼が欲しかったのは王位だけでなく、彼女の力と沈黙だった。焦げた袖を押さえる彼を見ても、キアラナは勝ち誇らない。ただ、自分が愛だと思おうとしていたものの正体を、ようやく見誤らずに済んだ。
「王家を守るための策だ。君が黙れば、婚約を続けて正妃にしてやる」
「操りやすい継承者として?」
キアラナは契約を閉じる。王位継承第一位の皇太子ジェラルド・ミルザークが、一人だけ玉座脇から降りてきた。
「竜婚条項は無効だ。だが、彼女を次の婚約者にすると私が宣言すれば、別の鎖になる」
彼は自分でそう言い、宣言をしなかった。ただ手を差し出す。
「竜脈評議会に、あなた自身の名で席を用意する。私との縁を望むかは、その後にあなたが決めてほしい」
レミジオが「皇太子も王位のために利用する」と叫ぶ。
キアラナは焦げた契約を彼の前へ置いた。
「だからこそ、選択を残す人を選びます」
彼女は元婚約者に背を向け、何も誓わせず待つ皇太子の手を取った。